オリンピックの意味
古代のオリンピックについては以前のブログにも書きましたが、良い兵士を選ぶ選考会のようなものだった
昔の戦争ではヤリを投げて また平たい石を投げて遠くから敵兵の数を減らし
さらに接近したら弓 次に剣で戦うというスタイル
だから遠くまでヤリや円盤を投げられる良い兵士はよい給料で雇われた
でも今や競技種目の内容も泳いでみたり鉄棒をしてみたり、およそ戦いとは縁の無い競技も増えた
必要も無いのにやり続けるのは その陰で大金をせしめている奴がいるからだ
もうオリンピックもある種の宗教行事のようなものになっていると思う
重量挙げなんていくら思い物を持ち上げてみたところでフォークリフトにはかなわない
トラック競技にしたって、速く移動するのなら車やバイクの方が早い
卓球がうまくても世界平和や作物の収穫量とは無関係
平和の祭典などと言うが そのオリンピックを利用して国威を高揚させたのは
あのヒットラーだった
全然 平和とは関係ない
昔から4年ごとにやっているからという理由だけで だらだらと続けているのがオリンピックだろう
もう終了させてもいいんじゃないか
世界のどこに行くにも飛行機ですぐに移動できるし
他国の文化に触れるのも容易になったこの時代に
速く走ったり 遠くまで物を投げられる事がそんなに重要だとは思えない
日本がオリンピックと無縁だった江戸時代にも足の速いやつはいた
どこそこの村の誰々は馬より足が速いらしいという噂がたっても
「すごいなー」で終わっていた
それが今やオリンピックに出場して金メダルを貰うと、その後のCM出演料やら何やらで数十億円も稼げるらしい
こんなのは正しい経済活動では無い
オリンピックを開催する事で金を儲けてきた白人連中に延々と儲けさせるのはもうやめよう
という事で東京オリンピックなんて もう要らない
世界中の脳みそ筋肉君を集めて金儲けがしたいのなら
どこか日本以外でやってくれ