何かっていうと、日本易道推進協会(会長:須藤泰成先生)の師範をいただくために書くように言われた論文。
あ~、こないなことを書いてたんだなぁ、懐かしいなぁと。
面白いから、ここに載せてみます。
運命学に携わる者として
2009年の11月に日本易道推進協会の認定鑑定士になってから、2年の月日が経ちました。
その間、駆け出しとしては割と多くの人を鑑定させていただいたように思います。
また、同協会以外にも大阪府易道事業協同組合にも入会させていただき、協会員・組合員の諸先生方をはじめ、数多くの同業者の占術に対する態度や哲学というものに触れる機会を得られたことは、自分自身にとって非常にプラスになり、幸運なことでした。
さて、だいたいの鑑定士は大きく二種類に分けることができます。
理論優先派か感性優先派か。
どちらが良いというものではありませんが、それぞれの長所と短所を把握しておくことは大切なことだと思います。
まず、理論優先派。
これは教科書に書かれたことをしっかりと覚え、それで鑑定をするということです。
例えば四柱推命であれば、いつどこで占っても同じ結果になりますし、また理論優先派同士であれば同じような鑑定結果になると言うことができます。
したがって、長所は理論を背景にしたブレのない鑑定をいつでもすることができるということです。
このことはお客さんに大きな安心を与えることになるでしょう。
しかし、あまりにも理論にはまりすぎて、「命式を見て人間を見ない鑑定」に陥りやすいという短所があります。
また、運命学自体が研究され尽くしているわけではないので、机上の空論や妄論・暴論を最初に学んでしまうと、そこから抜け出せなくなるという危険性もあります。
次に、感性優先派。
これは理論はそこそこで、その場で臨機応変に鑑定していくというやり方です。
したがって、個々のケースを考えて鑑定をすることができるという長所があります。
その場に合った言葉を使えるので、お客さんから信頼を得ることができるでしょう。
しかしそれは同時に、インスピレーションだけを頼りにした鑑定になりやすいという短所もあります。
軸となるものがないため、前に言ったことと全く違うことを言ってしまうことがあり、せっかく得た信頼を失う恐れもあります。
理論と感性、この二つをバランス良く実践鑑定に使っていけるようになるのが理想です。
ただし、それには順序があるのです。
ところで、私にはいわゆる霊感というものはありません。
そのため、「霊の世界」のような話は理解できません。
興味本位で面白いなと感じることはありますが、霊を感じることのない私にとって、せいぜい「そういうのもあるのかもしれない」止まりで、ほとんどないことと同義です。
だからといって、霊感が欲しいということはありません。
鑑定士としては霊感があった方が良いのかもしれないと思っていた時期がありましたが、四柱推命などの東洋占術を学び実践していく中で、今ではむしろなくて良かったと思うようになりました。
―何故か。
持たない者の視点ですが、霊感と占術には大きな違いがあり、それらは混ぜることはできません。
霊感は才能であり、占術は学問だからです。
占術は自身の努力と良き師や書による導きがあれば、誰でも一定の水準にまで到達することができます。
そして、その水準以上に到達するために必要なのが感性です。
つまり、理論が分かった上で感性の方へ移ることが大切なのです。
この感性の磨き方は人それぞれですが、最も大切なことは経験、換言すれば「観察すること」です。
東洋占術の基礎となる陰陽五行説の大発見・大発明も、注意深い観察によるものです。
陰陽は天のサイクル(日周運動)から、五行は季節のサイクル(年周運動)から見出されたのです。
易の風地観に「学問は吉」という意味があるのもそのためでしょう。
理論→観察(経験)→感性という段階を踏んでいくのが誠実なやり方であるということに疑いの余地はないと思います。
そうすることで理論と感性の両面を上手く使いこなす鑑定の仕方が身に付いてくるのです。
実際に、私自身の鑑定の仕方もかなり変わってきたと自負しています。
(多くは反面教師でしたが)同業者との交流から学んだこと以上に、実践鑑定で学んだことが多くありました。
その中でも、運命には幅があるという考え方になったことは大きなことだったと思います。
運命学の世界に入ったのが27歳のときなので、それまでは当たり前のように未来は変わる、運命は決まっていないと思っていました。
けれども、実際に鑑定してみるとあまりにも命式通りの生き方をしている人が多いことに驚き、全ては生まれながらに定まってしまっているのだと錯覚していた頃がありました。
しかし、ある鑑定が大きなヒントになりました。
「同じ命式でも、運命には幅がある。大きく見れば同じでも、現象してくることは異なる。」
それまでは、悪く傾いていく命式でも悪く言わないように、悪くても良いと言うこともあったのですが、そういった不誠実な鑑定はしないようになりました。
単に「気をつけて」と言うのではなく、どういうことをこれから生活の中に取り入れていけば良いのかという、努力の方向を示せるようになったのです。
運命学に携わる者として、鑑定士は単に良いことを言うためだけの存在ではないということ、そして占術は未来を当てるためのものではなく、未来を良くするためのものであるということを肝に銘じておかねばならないと思います。
2012年2月吉日 武部泰莞
2009年の11月に日本易道推進協会の認定鑑定士になってから、2年の月日が経ちました。
その間、駆け出しとしては割と多くの人を鑑定させていただいたように思います。
また、同協会以外にも大阪府易道事業協同組合にも入会させていただき、協会員・組合員の諸先生方をはじめ、数多くの同業者の占術に対する態度や哲学というものに触れる機会を得られたことは、自分自身にとって非常にプラスになり、幸運なことでした。
さて、だいたいの鑑定士は大きく二種類に分けることができます。
理論優先派か感性優先派か。
どちらが良いというものではありませんが、それぞれの長所と短所を把握しておくことは大切なことだと思います。
まず、理論優先派。
これは教科書に書かれたことをしっかりと覚え、それで鑑定をするということです。
例えば四柱推命であれば、いつどこで占っても同じ結果になりますし、また理論優先派同士であれば同じような鑑定結果になると言うことができます。
したがって、長所は理論を背景にしたブレのない鑑定をいつでもすることができるということです。
このことはお客さんに大きな安心を与えることになるでしょう。
しかし、あまりにも理論にはまりすぎて、「命式を見て人間を見ない鑑定」に陥りやすいという短所があります。
また、運命学自体が研究され尽くしているわけではないので、机上の空論や妄論・暴論を最初に学んでしまうと、そこから抜け出せなくなるという危険性もあります。
次に、感性優先派。
これは理論はそこそこで、その場で臨機応変に鑑定していくというやり方です。
したがって、個々のケースを考えて鑑定をすることができるという長所があります。
その場に合った言葉を使えるので、お客さんから信頼を得ることができるでしょう。
しかしそれは同時に、インスピレーションだけを頼りにした鑑定になりやすいという短所もあります。
軸となるものがないため、前に言ったことと全く違うことを言ってしまうことがあり、せっかく得た信頼を失う恐れもあります。
理論と感性、この二つをバランス良く実践鑑定に使っていけるようになるのが理想です。
ただし、それには順序があるのです。
ところで、私にはいわゆる霊感というものはありません。
そのため、「霊の世界」のような話は理解できません。
興味本位で面白いなと感じることはありますが、霊を感じることのない私にとって、せいぜい「そういうのもあるのかもしれない」止まりで、ほとんどないことと同義です。
だからといって、霊感が欲しいということはありません。
鑑定士としては霊感があった方が良いのかもしれないと思っていた時期がありましたが、四柱推命などの東洋占術を学び実践していく中で、今ではむしろなくて良かったと思うようになりました。
―何故か。
持たない者の視点ですが、霊感と占術には大きな違いがあり、それらは混ぜることはできません。
霊感は才能であり、占術は学問だからです。
占術は自身の努力と良き師や書による導きがあれば、誰でも一定の水準にまで到達することができます。
そして、その水準以上に到達するために必要なのが感性です。
つまり、理論が分かった上で感性の方へ移ることが大切なのです。
この感性の磨き方は人それぞれですが、最も大切なことは経験、換言すれば「観察すること」です。
東洋占術の基礎となる陰陽五行説の大発見・大発明も、注意深い観察によるものです。
陰陽は天のサイクル(日周運動)から、五行は季節のサイクル(年周運動)から見出されたのです。
易の風地観に「学問は吉」という意味があるのもそのためでしょう。
理論→観察(経験)→感性という段階を踏んでいくのが誠実なやり方であるということに疑いの余地はないと思います。
そうすることで理論と感性の両面を上手く使いこなす鑑定の仕方が身に付いてくるのです。
実際に、私自身の鑑定の仕方もかなり変わってきたと自負しています。
(多くは反面教師でしたが)同業者との交流から学んだこと以上に、実践鑑定で学んだことが多くありました。
その中でも、運命には幅があるという考え方になったことは大きなことだったと思います。
運命学の世界に入ったのが27歳のときなので、それまでは当たり前のように未来は変わる、運命は決まっていないと思っていました。
けれども、実際に鑑定してみるとあまりにも命式通りの生き方をしている人が多いことに驚き、全ては生まれながらに定まってしまっているのだと錯覚していた頃がありました。
しかし、ある鑑定が大きなヒントになりました。
「同じ命式でも、運命には幅がある。大きく見れば同じでも、現象してくることは異なる。」
それまでは、悪く傾いていく命式でも悪く言わないように、悪くても良いと言うこともあったのですが、そういった不誠実な鑑定はしないようになりました。
単に「気をつけて」と言うのではなく、どういうことをこれから生活の中に取り入れていけば良いのかという、努力の方向を示せるようになったのです。
運命学に携わる者として、鑑定士は単に良いことを言うためだけの存在ではないということ、そして占術は未来を当てるためのものではなく、未来を良くするためのものであるということを肝に銘じておかねばならないと思います。
……あれ、いっつも言ってることか?(^^;
2012年の2月というと、まだ泰州先生のところに行ってない頃。
この頃と、鑑定の質は明らかに変わりましたが、根本的な考え方は変わってないんだなぁと。
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