親からの教えに「若い内の苦労は買ってでもしろ」というものがあった。
OLやってた頃、定時で帰ってゲームをしていても時間を持て余す。
ずっと家に居る兄キ(ニート)と母親の姿を視界の両端にとらえながら
「こんなんじゃダメだ!もっと自分の器を広げてたい!」
と思い、夜に出来るバイトを探しました。
まあ3時間ぐらいかな?と。
人見知りも直したくて飲食店(焼肉屋)でのバイトをしました。
当時は土曜日も仕事がある時代、
7時〜10時迄を希望。
すると面接で店長に「ラスト11時まで入れませんか?」と訊かれ、「まあ、週3回くらいは‥‥」と答えた。
「休みは何日欲しいですか?」と問われ、
「1〜2日で」と答えた。
採用されて初めて見たシフトには、
1週間全て6時半〜ラストまで入ってました。
‥‥話が違う。
店長の「慣れるまでは毎日やった方が良い」と言う言葉を素直に受け、
仕事終わりに自転車をこぎながらカロリーメイトを夕ご飯にバイトへ。
実質深夜12時に仕事が終わる毎日。
そして主戦力が2人辞めるから、これからもラストまでしてくれと、なし崩し的に決まり‥‥。
夜12時に夜ご飯を食べて深夜3時迄は昼の仕事での自分の至らなさに涙で枕をぬらし、
朝8時出勤の毎日。
バイトの方が教わる事が多く、昼の仕事は1人では何もさせて貰えないのとヒマだったので、
眠気に負けて立ってパソコンを打っている時に寝かけたり、
電話を受けて(メモを取りながら復唱してたけど)電話を切って2分間寝落ちしてしまったり。
段々と昼の仕事を休む様になりました。
1年の掛け持ちの末、昼の仕事は退職。
するとバイト先の店長がまた言うのです。
「昼の仕事辞めたんならヒマか?ならバイト出れるか?」と。
そして週6日、昼12時〜ラストまでのシフトが出来上がっていました。
私の仕事っぷりはと言うと、2分も じっとしていられない。
とにかく動いて仕事をする。
中休けいは1時間。
実質11時間は動きっ放しの働き詰め。
流石に1日寝込んだら、週2日休みを貰えました。
「週2日も休んでいいんですか!?」な社畜脳の私。
社員含めて48人程、入っては辞めていく人達を見送って、
私もやっぱり正社員で事務仕事がしたくなり、バイトは辞めました。
次のOL生活も、2分と じっとしていられない私。
常に3つの仕事は同時進行の忙しさ。
そんな折に両親が離婚、一家は離散。
そして親の借金を肩代わりしながら手取り12万での一人暮らし。
更に妊娠‥‥。
おろして別れるつもりだった。
が、産婦人科での血液検査で ぶっ倒れ、
「白血病の疑いが‥‥」と言われる始末。
出世が決まった矢先の出来事。
二十歳そこいらの娘さんには、絶望するには充分だった。
仕事は1日でも穴はあけられない。
今までの様には動けない。
おろすにしても、既に上の期待を裏切ってしまった気持ちでいっぱいだった。
再検査の結果は、ただの貧血でした。
そういえば昔っからの貧血だった。
おろして別れて、仕事も1日でも今まで通りに動けない。
そうなると自分には何も残らない。
そう考えると、
仕事は次を入れて育てればいいけれど、自分のお腹の中の子は自分にしか守れない。
と思い、早めに退職して家庭に入る事を選択した。
そこからは、また別のお話。