はじめましてhideと言います。
文章力ないですが読んでくれたら嬉しいです
今の気分はホッとした気分とあーあという気分が入り混じった感じです
この話はまた後々したいと思います
はじまりは17歳の時でした。それまでは普通に学校生活を何の支障もなく一番仲の良かった友達と第一志望の高校にも進学し順風満々の人生でした。
僕がおかしくなったのは...
今でも鮮明に覚えています
あれは修学旅行の時でした
帰りのバスに友達と一番後ろの席に座った時に同じクラスの女子何人かが次に乗ってきました
その友達は女子に席を譲りました
女子はありがとーと言い僕らは前の方に座ることになりました
僕は席を譲るという発想がなかったんです
その友達にはあった
ここが問題でした
帰りのバスの中周りにバレないように僕は泣いてしまいました
「何で譲れなかったんだろう」と
その日以来、僕は何て優しくない人間なんだと自分を責めました。
ここから記憶は曖昧なんですが(すみません)
中学の時は陸上部で学年で足も一番速かったのですが僕は高校ではバスケ部に入りました。理由は陸上部はダサいと思ってたからです。
今思えば部活にダサいもクソもないという事をあの時はわかってなかったのです。
しかし、僕はバスケ部を一年で辞め学校が終わると家に直行してました
暇な時間を作ってしまいました
暇な時間を与えられるとあの時の僕はすぐに考えを巡らしてしまいます。
優しさって何だろう?人間の生きる意味は何だろう?みたいな17歳が考えそうなありきたりな事です
でもあの時の僕には重大な事だったんです
尾崎豊やNIRVANAやそういったメッセージ性の強い音楽ばかり聞いていました
ありがちですな話です笑いわゆる中二病です
僕だけは人と違う周りが間違ってるんだ!面白くない奴は屑だ。という根拠もない浅はかな考えばかりです
今思えば17歳という短い人生しか生きていない奴が何を言ってるんだという話です
あの時の自分は大嫌いです
そして、僕は学校も1週間に一回は休むようになりました
理由は面倒くさいからです
そんなこんなで高3になります
一大事です
そうクラス替えです
僕は願ってました
「話せる人いて!」と
願いは届かず周りはグループがあり知り合いが1人もいませんでした。居たのは中学で一番仲の良かった友達だけでした
でもそいつとは高校入って以来お互い気を遣っているのか話さなくなっていて挨拶程度の仲になっていました
僕は考えました。
「あと8ヶ月か...」「どう過ごそう」
僕は人見知りで周りの目ばかり気にするタイプ自分から話さないタイプ連絡先も自分からは聞いた事ない
「あーあもうダメだやっていけるはずがない」
僕は進級した1週間で学校に行かなくなりました
後から聞くと周りは驚いてたらしいです
学校を辞めるような人には見えないからだったからだと思います
目立つタイプではなかったけれど特に問題児でもなかった
僕は親に告げました。
「学校やめるわ」
親は言いました
「ふーん」
何故こんな反応か僕はすぐわかりました
僕の兄も高校を辞めたからです
もう親は慣れていたんだと思います
僕の兄は中学から不登校でした
兄は学校では目立つタイプ友達も多く僕の学年からも告白されくらいモテる人だったのです
しかし、学校が面白くない、アホばっかりという理由で中学は不登校の期間が長かったんです
でも、今思えば当たり前です
兄は統合失調症という精神疾患でした
兄は中3の夏に猛勉強して私立の進学校に入学して高校では全教科90点以上の成績を残してましたが、またもや周りがアホに見えたのとその高校はスポーツ刈り原則の高校でスポーツ刈りなんてしたくないという理由だけで半年で辞めてしまいました。
その時は兄とはまったく話す事はなかったのですが、いずれ兄とはこんな仲のいい兄弟いるのかというくらいの仲になります
その話は後にしたいと思います
話は変わりますが、僕は引きこもりになりました。また考えを巡らします。
ひとつわかったことがあったのです
こんな事考えてたら自分がしんどいだけだ、キリがない
そうしてるうちに、
引きこもって3ヶ月が経ち大学受験をその時決心しました。
というのは僕はそもそもお笑い芸人に憧れていました
高校を卒業したら養成所には入って芸人になる!とずっと思ってました
しかし、引きこもったことにより何故かわかりませんが受験する事を決心しました。
高3の6月です
僕は家でひたすら勉強していました
そして、2ヶ月勉強してるうちに決心しました
高校に戻ろう!
やっぱり戻りたい!
周りの目ばかり気にする奴が二学期から教室に突然入るという事がどれだけ僕にとって難しい事かは今でも覚えています
9月1日。ついにこの日がきました
僕は学校に向かいました
電車で同じクラスの人がいて驚いていました
そんな事は気にせず僕は自分に僕が一番尊敬する本田圭佑の言葉を言い聞かせ教室に入りました
「大丈夫だ!俺ならやれる」
違うクラスの友達が鼓膜破れるかくらいの声で僕の名前を呼びました
「やめてくれ」「めちャメチャ恥ずかしいやんけ」
でもちょっと嬉しかったのは覚えています
席に座り僕は寝たふりをして座っていました
誰も声をかけてくる事はありませんでした
でも、そんな事はどうでも良かったのです
「ついにやった入れた。戻れた」
その事だけで頭がいっぱいでした
でも、僕はすぐにストレスで体を壊します
登校して3日目で死にたいという感情が芽生えたのです
あの時は本当に危なかったです
すぐに一番信頼してる生物の先生に話しました。先生は言いました
「すぐ病院に行きなさい」
「とりあえず今日は家に帰りなさい」
でも、僕は家に帰る事すらできるかどうか危うかったのです
「どうしよう本当にヤバイ」
色んな感情が交錯していました
でも、帰らないといけなかったので自転車で駅まで立ち漕ぎでむかいました
駅に着いた瞬間でした
「あれ?全然死にたくない。」テンションが上がって今なら何でもできそうな気分になっていました
わかりにくいと思いますが本当にこんな気分でしたあの時は
しかし、家に着いた瞬間、また死にたくなりました。
親にも伝えられていて次の日は学校を休み病院に行くことになりました
医師にそのまま僕の状態を伝えるとこう告げられました。
「躁うつ病ですね。いわゆる双極性障害です」
僕はやっぱりかと思いました。
長くなったので続きは明日書くことにします。