地面に叩きつけられる様に富裕層ツアー御一行を乗せた航空機はバタン諸島の中心地であるバスコ空港に着陸した。


機長がスピーカー越しに「乱暴な着陸でごめんね」と言った。



御一行は安堵のため息をつく。



空港は飛行機がやっと一機離着陸できるぐらいで、当然荷物を吐き出すベルトコンベア的なものは無い。



空港を出ると、ツアー会社が本当に乗客を迎えに来ていた。



どうやら本当にツアー御一行だったらしい。



自分はそんなものの予約などしていないので、とりあえず徒歩で街を散策することに。



ほぼ車が通っていなく、たくさんの子供たちが道端で走り回っているのを見ていると、どこか違う国に来た様な錯覚に陥った。



「宿を探さなくては・・・・」



しかしお目当ての宿は満室。


さらにその近くも。



しょうがないので一番最初にボロそうだったので素通りした宿に行ってみると、最低1200ペソの部屋しかないと言う。



しかしこれ以上重いバックパックをしょっているのも嫌になっていたので1泊だけ泊まることにした。



外見とは裏腹にとても綺麗な部屋だ。



そして何よりも管理人の女性、デリーの人柄がとても良かった。


「困ったことがあったらいつでもいいなさい。たとえそれが夜中でも。」



彼女は自分の顔を見るたびにこの言葉を言った。



荷物を置いて、借りたボロいマウンテンバイクで灯台を見に行こうとチャリを走らせていると、たくさんの人々が自分に手を降ってくれた。


「どこから来たんだ」


「年はいくつだ」


「結婚してるのか」


「ここは最高だろ」


たわいもない会話ではあるが、マニラから来た自分からしたら人間のあたたかみをこの瞬間に感じたにちがいない。



ここはフィリピンではないのかもしれない。



たくさんの温かい人間と、木々に囲まれながら自転車を走らせ、ついにバスコの中心となる灯台に到着した。



目の前に広がる太平洋と草原。そしてそこに居る何匹かの牛。



この風景がこの地の人々の人格を形成しているに違いない。



詳しいことはわからない。



だが直感で感想を述べるなら、これが


「豊かさ」



なのかもしれない。




かりそめなるアジア


かりそめなるアジア


かりそめなるアジア


残念なことに灯台の鍵は閉まっていて上には登れなかった。



どうしても上に登りたかったので草原に座って途方に暮れていると、2人の男が自分に話かけてきた。



「写真を取ってくれないか」


「ありがとう。君、上に登りたいんだろう?今鍵を開けるから一緒に上に行こう」




これがバタネスでの孤独から自分を救ってくれたボンとペドロとの出会いだった。

フィリピンの※ジプニーは24時間営業だ。



しかしマニラのゲストハウスを出た時間が明け方5時前で(それが理由だったのか確かではないが)、ジプニーをひろえなかったのでタクシーを使って空港に行くことに。



「200ペソだ!」とタクシーの主は言い張る。


フィリピンのタクシードライバーは東南アジアの中でも特にメーターを使いたがらない。



「じゃ、ばいばい」



普段ならこう言ってドアを閉めて去るが、いかんせんタクシーはあまり通っていない。



妥協して乗ることに。



少し遠回りしながらも空港に着いたが、ここでお決まりの一言。


「250ペソだ」


しかしフィリピンに長い間住んでいた自分。


「?????何言ってんだ。200ペソと言ったろ。いいかげんにしろ。」



と軽くあしらい、201ペソ(1ペソはチップ)を後部座席のはじっこにputし、escaped。



フィリピンのタクシードライバーは腐っている。



少し早く着きすぎたが、アジア最悪の空港と言われているニノイ・アキノ空港でさえwifiが使用可能な時代。



少し早めの朝食としてまずいホットドックをむさぶりながら、ネットに勤しんでいるとあっという間に出発時刻に。




ここで気づく。



(乗客の質がたけー)



「裕福な家庭に生まれ、それを今に至るまでに守ってきました」と体型と血色が表している白人中年女性。



ブランドモノを身にまとい、やけに香水くせーフィリピンの若者。(もうオヤジの会社継いで!!!)



等々。



そんななか、一人薄汚れた服と靴と汚く焼けた肌を見せつけている自分。



旅は羞恥心との戦いである。



そして乗った飛行機がこれだ。



かりそめなるアジア


25人乗り。



このプロペラっぽいのはなんなのだろう。



私のお墓の前で泣かないでください。



そんなくだらないことを思いながら、フィリピンの最果てに行こう!富裕層ツアーーーーー!の飛行機に一人だけ貧乏パッカーの自分は迷いこんだのであった。



※ジープニー・・・・・フィリピンの中流階級ぐらいまでの人々が使う最もポピュラーな交通機関。米軍お下がりジプニーを使用しているため、騒音・排気ガスをまき散らしながら走っている。この乗り物の交通網は日本の地下鉄の比ではないくらい網状になっている。(と自分は思っている)ちなみにものすごく狭くて、冷房が付いていないことがほとんどの為、雨が降ると車内がサウナになる。8ペソ(約16円)ぐらい~25ペソぐらいでかなり長い距離を行ける。安価かつ、運がよければサウナ付きという貧乏パッカーにはたまらない乗り物である。







日中の灼熱のフィリピンはパンパンガ州クラーク航空についに降り立った。



中国は日本と変わらず真冬。香港はそれより暑いながらもなかなかの冷え込み。



フィリピンに降り立って空港外でCAMELを吹かし、カンカン照りのアスファルトの上に立っていると、やっとホームに帰ってきたと思ってしまった。



フィリピンは1ヶ月前まで留学で居た土地。



まだまだ未熟だが自分に英語という最高のツールをさずけてくれた国だ。




人々が喋るやけに「ポ」という音が多いタガログ語。



堂々と停車中のジープニー。



明らかに怪しいATMの機械。



それらに囲まれやっと自分の一人旅が始まった気がした。



それでもパンパンガは初めてで少し心配。


結局以前couch surfing※で出会った現地人のArisと連絡を取り、迎えにきてもらうこととなった。



彼の実家にお邪魔し、ネットサーフィン。



フィリピンの行き先を決めていなかったのだ。



希望地はレイテ島、ボラカイ、ダバオ、バタネス。



友人に相談すると、「その中の4つで選ぶとしたら俄然バタネスだよ。あそこはフライトが少なく航空券がとても高いんだ。フィリピン人みんなが行きたくても行けない夢の様な場所なんだ」。



自分はこれを聞いてすかさず目的地を「バタネス」に決めた。


バタネスは英語で綴ると「Batanes」。


BatanIs(Batan Island)から来た造語だ。



「バタン諸島」を意味する。



そして友人はこんな事を呟いた。


「バタネスはフィリピンであってフィリピンじゃないらしいんだ。taichiには実際にそれを確かめに行ってほしいな」。



航空券往復代金が約3万円。



マニラからセブまでが最安で往復数千円後半であるから、かなりの割高である。



しかしそんな事は考えもしなかった。



「楽しいに違いない」



そんなことしか頭になかった。



自分はまたしても台湾に最も近い島の1つに行くことになった。


※Couch surfing:旅人の為のSNSサイト。旅人に基本は無料で寝るとこを提供し合い、旅から様々な事を得、人生を豊かにしていくことを目的とする。簡単に説明すれば以上のこと。詳しくはホームページへ。僕もたまに利用します。