幸せとは何か。不幸でないことだ。


楽しいとは何か。退屈でないことだ。



薔薇はなぜ美しいのか。かすみ草があるからだ。




愛とは何か。


きっとそれだけが、裏返っても憎しみに成らないもの。











昔のクセ、というわけでもありませんが、僕はよくポエムチックな文章を製造しています。


作詞をやっていた頃のなごりです。


友達に提供してました。





最初の頃は小説を書くノリで作詞をしていましたねぇ。


ストーリーがあったり、キャラクターを匂わせたり、バックグラウンドをほのめかせたり。



要するに小説のプロットを一部だけ切り取ったような詞でした。




大鍋に入ったカレーを、小皿に取り分ける。みたいな。





親友 「アンタの詞、長いわ。歌にしづらい」


僕   「せやろか」





作詞にこなれてくると、僕は一つのコツを覚えました。




僕 「別に詞の全てを読んでもらわなくても、1フレーズだけ心に届けばいいんじゃね?」




たった一行を届けるために、五行を消費する。






そして更にこなれてくると、別のコツも見えてきます。





僕 「っていうか、テーマに沿ってるんなら、パート事に全然違うこと書いてもいいんじゃね?」




別に歌詞には 主人公 も 起承転結 さえも要らないという。






ここまでくると、荒技が使えます。




僕 「なんか無作為にポエム書きまくって、あとで継ぎ接ぎした方がいいんじゃね?」





良い、と思ったフレーズを書いていって。



書きためていって。



そんで、後で見返して テーマや雰囲気が一致するフレーズを合成する。







そんな事を繰り返していくと、ポエム、正確には「良さげなフレーズを書き留めるクセ」が完成します。







ここで重要なのは 「良さげ」 であること。



つまり、決して、良いわけではない。













だから見返すと意味不明だったり恥ずかしかったりするんだよ (´;ω;`)ウッ…








作詞をしなくなっても、フレーズは思い付く。


そんな閃きを捨てるのももったいないので、取っておく。



いつか何かに使えるだろうか、なんて事をぼんやりと思いながら。










ちなみに小説にはほとんど流用出来ません。



フレーズに振り回されて、ストーリーが破綻するからです。





難☆儀












いつかポエム集でも売ろうと思います (嘘)