人生において、最も心砕くこととはなにか。

たぶん人それぞれなんだろうけれど、得がたいモノ、であることは共通していると思う。

ではその得がたいモノを失った時、人は何でその隙間を埋めるのだろうか。

空っぽに耐えられる人間なんて、そうはいない。

人は代用品だったり、時間というパテでその隙間や空洞を埋めて、迷子になっている。

そうこうしているうちに代用品やパテが主格となりて人を導いたりする。

時に勘違いであり、依存であり、憧憬だったり。憔悴しながら人は道を模索する。

迷子との違いはただ一つ。ゴールの有無。

迷子になった者は、消え去った結末を求めて彷徨う。ありもしないのに、ぼやき続けている。

道を探す者は、まだましかもしれない。自分の求めるモノが何なのかを探すのだから、まだ有益だ。

ゴールを見定めているものはきっと幸せだ。例えるなら、恋をしている最中。

彼が「結末」なんて無い、ということを知るのはきっとまだ先のことだろう。

そう、結末の先には別の結末が待ち構えていて、エンドロールなんてものは葬式でしか見られないのだ。

夢が叶いました。ハッピーエンド。とんだ笑い話だ。夢を見続ける、叶え続けるというのは奇跡なのに。幸せを継続することの難しさを、人は知らない。実感出来ない。出来るとしたら、それは幸せを失った後。

挫折に栄光、絶望に無為。

人は死ぬまで、人であり続ける。

なのに人ならざる空想を描き、それを求めるのだからたちが悪い。

知的生命体の最大の特徴は「未来予測」だ。

だけど人間は知的生命体として、まだ未熟らしい。人は幸せを思い描くだけでなく、不幸を予見するネガティブな想像力も養わないといけないのに。

一握りの、天才や一流と呼ばれる人間はこの「未来予測」の精度が高い。

そして下々の人間を見て「愚か」と断じるのだ。

おやおや。それはそれは。大変結構。みんな所詮、人なのに。

酒に溺れ、恋に焦がれ、博打を打つのだ。動物として見るなら、違いなんて一ミリも無い。

人間とチンパンジーのDNAが何%一致するか、ご存じだろうか。

そんなもんだ。

狭い世界で、似たものどうして傷つけあって、椅子取りゲームに必死になっちゃって。

そのゲームに負けた時、私達はどうするべきなのだろうか?

負けたことを悔やむのか。次の勝負に勝てるよう努力するのか。

違う。どっちも違う。何もかもが間違っている。世の中をAとB、白と黒で別けるなんて不可能だ。

AもBもアルファベットだ。違いなんて、右か左か。立ち位置が違えば逆になる。

白と黒なんてもっと顕著だ。ふれあった所はグレーなのだから。

だから、椅子取りゲームに負けた時は、ご飯を食べて眠る、のが正解なんだ。

現実も、理想も、負けた直後のテンションで決めるなんて、それこそ愚かだろう?

クールになれよ。ほら、太陽は昇ってるかい?

夜はやがて朝になる。

朝はやがて昼になる。

そして日が沈み、真夜中がやってくる。

そして一番暗闇が深くなった時、夜明けが近づく。


今はどうだい?

黄昏だ。

夜が、やってくる。








はーいみんな!

メリークリスマス♪



よい子のみんな、サンタクロースからプレゼントは届いたカナ-?



今年もあと一週間くらいだよ!


悔いが残らないように、せいいっぱい、がんばろーね☆






…………あれれ?


たいへんだー!


なんか上の方から、すっごい臭い匂いがするぞ!


これは、アレだ。雨に打たれた負け犬の匂いだ! くせぇー! こいつはくせぇぜ!






全部読んだ人は、もれなく心療内科に行ってください。


あなた、感染しちゃってます。



五秒で読み飛ばす事を決意したあなたは、とっても優秀。



是非、幸せな年末をお過ごしください♪







じゃあな。あばよ。