人間の電子化、という言葉を聞いたことがあるでしょうか。



ようするに、コンピューター上に人間の脳みそデータを全てトレースするという、SF技術。



簡単なものなら、既に実用化を目指して開発が進んでいるようです。


要するに「故人とお話出来ますよ」ってサービスなんですけど。





……それって、どうなんでしょうね?



永遠を求めるのが人間だとしても、


確かに電子化は永遠の一種だろうけど、




どうも、不老不死の代用品って感じがしてならない(;´∀`)


突き抜けちゃった、別解釈。






例えば、コナン・ドイルの人格を全て電子的にトレースしたとしましょう。


じゃあ、そのコナン・ドイルはミステリーを書けるのだろうか、ということです。



無理だろ。





よしんば、無理でない技術が確立したとしましょう。


完全なるトレースと、自己学習における自己進化。



しかしそれは最早、人間ではないような気が。


そもそも出来ることと出来ないことが違う。


枷が違う。


種族が違う。


有機体と無機物ってくらい違う。



人間は欲を原動力として、行動を取る。


では無機物の人間の欲とはなにか?



普通の人だったら、パンを食べたいがために盗みに走るわけですが。


データ化された人は、何を求めて、どんな罪を犯すというのか。


そう、罪を抗い、認め、償うのが人間だ。



その罪を完全にコントロール出来るのなら、罰も不要で。



別の「完全」を求めるために、無機物人間に「罪」を選択させる自由を与え、「罰」を設定したとしたら。


そんなもの、ただのカオスである。



管理が面倒くさくて、誰もやりたがらない。


そう、つまり人間は神様になれないのである。







だいたい、そのぐらいの技術が発展するということは、同時に医療の発展もあるはずで。


不老不死でも、不老長寿も、どちらも等しく無理だとしても。



120歳ぐらいまでなら、生きられそうだ。





不老不死になって、永遠に図書館にいられたら、なんてことはたまに考えるけど。



電子化された自分は、果たして本を読みたがるのだろうか。


それはただの 「そういう設定・及びキャラクター」でしかないような気がする。






つまりこの時空に存在する僕は、僕しかいないので。


悔いが無いように生きることを目指すために、読むべき本の取捨選択をして。


森羅万象が有限であることを自覚し、永遠なんてものは夢の中でのみ見るべきなのだー。





ただ一つ贅沢を言うなら、


僕が書いた小説とかが、後生に残ったりしてくれたら。




それはちょっと永遠っぽいかな、って。






そんなことを考えた水曜日。



次の更新は11月である(驚愕)






今月もありがとうございました!!