何度か言及したことがあるのですが、僕には孤独癖というものがあります。
孤独癖: ひとりでいたがる性癖。自ら孤独でいようとする傾向があること。
(大辞林より)
……性癖て (;´∀`)
ま、まぁそれはさておき。
要するに、基本的には一人でいることが好きなんですよね。
喫茶店、カラオケ、回転寿司、レストラン、全部一人で行けます。
かといって、誰かといるのが大嫌いというわけでもありませんが。
まぁこれは訓練のたまものでしょう。僕は社会にちょっぴり適合出来ています。
ただこれ、周期がありまして。
精神状態がヤヴァイと、人を拒絶するオーラが明確に出ちゃっているそうです。
最悪なことに 「何の理由も無く」 そうなるんですよね。
理由は無いけど、頼むから俺を一人にしてくれ。みたいな。
僕の親友はこれを 「心の生理」 と呼びました。
「心の整理」 という意味も含んでおり、完璧なダブルミーニングだと思います。天才かヤツは。
数年前は一ヶ月に一回、必ずそういう状態になってたんですが。
最近は特にそういうこともなく。僕の社会的合力は正しく成長したと言えるでしょう。
しかし、孤独癖は治らず。
というか、そもそも治す気も無く。
激烈に人を拒絶するケースは減ったのですが、なんというか、かんというか。
以前抱いていたイメージとしては、月ですね。
僕っていう存在が球体だとして。
人と接すると、それがまさしく月みたいに欠けていって、半分になったり三日月になったり。
そして孤独の時間を利用して、それを満月に戻す、って感じだったんですよ。
それは一人で生きていける強さなんかじゃなくて、誰かと一緒にいられない弱さ。
孤独を自己保全に使っているわけです。
ただ最近は、そうするまでもなく、自分を保っていられるようになりました。
ほら。僕って、他人を拒絶するまでもなく、既に孤独なわけじゃないですか(笑)
これは成長というよりも、達観の一種だと思います。
本当にありがたいことに、孤立はしてない。
迫害されたりハブられたり、息苦しさ、というよりも生き苦しさを覚えずにいられている。
だから僕は孤独に浸っていられるし、誰かとも一緒にいられる。
たまに誰かが、夢の中で僕と出会う。
でもだいたい僕はエキストラだったり背景だったり、風景だったり。
それでいいと思う。割と心の底から。
僕には胸をはって親友と呼べる存在が四人います。
それだけで十分過ぎる。素晴らしい人生だ。
歪だけど、バランスは大変よろしい。
要するに何が言いたいのかっていうと。
僕は現状に、自分の人生に、満足してしまっているんだと思う。
でもそれは本当の意味の満足じゃなくて、
「このくらいでいいだろ」 という、妥協による満足なんだと思います。
人の欲望に限度はありません。キリも果ても無いのだから、どこかで線をひかないといけない。
ここから先が天国で、ここから下は地獄っていう風に。
僕は地獄の状況を回避するために天国を捨てたようなものです。
だから「ここは天国じゃないけど、地獄じゃない。ここは楽園なんだ」と思っているんでしょう。
故に僕には 「ハングリー精神が無い」 と断言されるのです。
そして一般的に、ビジネス書や啓蒙書なんかでは、僕のようなタイプは二流以下だそうです。
男たるもの、野望を持って、確かに行動し、一流を目指さなくてはならない。
僕はそんな言葉を、苦笑いをもって 「ごめん、パスw」 って言ってるんです。
ただ一つだけ、僕が天国に行ける可能性がある。
言うまでも無く作家業のことなんですが。
分かったんですよねー。
地獄から逃げ続けて天国を捨てて、この薄ら寒い楽園に住むよりも。
やっぱり天国に行きたいじゃん、って。
前述の通り、僕は現状に満足してしまっている。
きっと、だから、いつまで経っても同じなんだと思う。
偉い人は、よく聞けばみんな同じことを言っている。
有名かつ端的なセリフを拝借するなら、
「change!」 (オバマ大統領)
「いつやるのか? 今でしょ!」 (林先生)
「我が輩の辞書に不可能は無い」 (皇帝)
変わる意思と、行動と、自信。
僕には全部無かったものだ。
一つずつ、取り戻したり勉強したり獲得していきたいと思いました。
――――え? そう思ったきっかけですか?
空が、青かったからです。
自分って超ちっぽけなんで。
輝こうと思ったら、そりゃこの空みたいに色々とでっかくなんねぇとなぁ、って。
頑張ります。