みかんが美味しい季節ですね。
モノによっちゃ、いくらでも食べられるぐらい美味しいですよね。
ところでみかん。
このみかんちゃんは、どうやって増えるのでしょう。
温州みかんとかそうなんですが、種が無いですよね?
種がないのに、どうやって増えるのかと。
……まぁ、すぐに接ぎ木するもんだと思い当たるのですが。(枝とかを地面に刺すと、その枝が木になる)
しかし、しかしですよ。
生物としてその性質はどうなのよ、とは思うわけです。
接ぎ木、つまり人間の手が入らないと増えられないって、生存競争的にどうなんですか。
いや確かに人間というヒエラルキーの頂点から愛されるということは、生存競争大勝利かもしれませんが。
単為結実性、という言葉があります。
ようするに受粉しても(しなくても)実だけ出来て、種が出来にくいという性質。
単体で、実を結ぶ、性質。
ざっくり言うなら「一人でも美味しい果実が作れます」機能。
それを何世代も繰り返すことによって、温州ミカンが新たに見いだした「種が無くても増える」という遺伝子が洗練されて今の形に落ち着いたのかもしれません。
美味しい牛肉……黒毛和牛とか……も、そういう品種改良が重ねられた芸術品であると言えましょう。
しかしやっぱり、種の無い実というのは、こう、自然の摂理的に邪道な気がするんですよ。
ちなみに種なしブドウとかは、成長ホルモンの一種をぶわー、ってしたら種が無くなるみたいです。
話しを戻しましょう。
みかんは種が無くても増えます。
では、なぜ、実を結ぶのでしょうか。何のために実を結び続けるのでしょうか。
もちろん人間の手が入ってるからなのですが。
種を有さない実を作る、という遺伝子は、いったい何処から芽生えたものなのでしょうか。
それは何かの気まぐれでしかなかったのか。
あるいは、みかんにとっては「遺伝子的に失敗」した個体(樹)を、人間が選別して育て、接ぎ、増やしていったのでしょうか。
そう考えると、生物的な失敗作も、場合によっては生存と繁栄を許可されるというのなら。
それは失敗ではなく、単に「みかんによる可能性の模索」であるように思えます。
世の中の植物の多くはミツバチによって受粉しています。
つまりミツバチの絶滅はイコールで多くの植物の絶滅を意味します。
故に植物は、ミツバチが好きそうな色や香りや蜜を用意して、増えるのです。
そう考えると人間の生態系干渉も、例えそれが遺伝子改良であっても、自然の営みと言えるような気がします。
よって、僕が邪道と思える「種の無い実」も、実は王道なのかもしれませんね。
結論を言っちゃうなら 「みかんは美味しいから増えた」 ということになるんですが。
僕 「そら増えるわな」 (・∀・)モグモグ
昔は手先が黄色くなるまで食べたもんです。
二個目、食べようっと。