現在紙面を騒がせているのが、ニュージーランドのクライストチャーチ。


マグニチュード6を越える地震がおとずれ、非常事態宣言が発令し軍隊も出動する大災害が発生したのです。




僕がかつて、半年ほど住んでいた街です。




久しぶりに見るその街は悲惨な状況だけを伝え。


僕の大切な 「思い出の地」 は 「被災地」 という名にすり替えられてしまいました。



かなり切ないです。


あの人とか、あの人とか、あの店とか、あの街並みとか、大丈夫だろうか……。


って、うあああああ!! 大聖堂めちゃめちゃなってんじゃん!! ひどすぎる……orz




行きたい。


ボランティア活動したい。


瓦礫の掃除したい。




写真を見るのがつらいので、文字のニュースだけ追いかけてます。



でもこれって、ただの感傷なんですよね……。


本当に行く気なら、もうとっくにパスポートの準備してるはずですよね。


でも結局僕は明日の仕事のこととか、小説のこととか、歯医者の予約とか考えてるんです。



多額の寄付も出来そうにない。


出来てせいぜい募金だ。


でも小銭で人を救った気になるなんて、おこがましいとしか言いようがない。




それはたぶん、ごく普通の思考で、当然の生き方なんだろうけど。


だからこそ、この「行きたい」という感情が嘘っぽい偽善であるように感じられて凹む。


「まぁ実際偽善なんだろうな」と結論づけて更に凹む。


でもいくら凹んでも客観的に考えたら、やっぱりこれはただの感傷だ。



当時の写真をながめてみました。


とても綺麗な街並みです。大聖堂の写真撮りすぎです。街の人はみんな優しかったです。



辛い。




日本は地震大国だから、耐震建築技術も世界的にトップクラスですが。


海外の耐震技術はあんまり……なんですよね。



それが何故だか悔しく感じられたり。




被災者の不幸に胸を痛ませ。


亡くなった方のご冥福をお祈りし。


がらにもなく黙祷とかしてみたりして。



でも僕はパスポートを手に取ることが出来ないでいる。


上手に笑うことも出来ないでいる。




あの街に帰りたい。


ただの感傷だとしても。


切ないんです。




辛いから、お店ではこの話題をあまりふってほしくない。



なんか色々とグチのような黒いモンを吐き出してすいません。


明日も頑張ります。