アルノ
「観客は気付かない。」
タケシ
「気付かせないための仕組みだから。」
ナレーター
「Gaia’s Spirits Projectのライブでは、華やかなステージの裏側で、徹底した安定性が追求されている。
シーケンスデータは事前に完成形まで作り込み、可能な限りオーディオ化して再生することで、コンピューターへの負荷を大幅に軽減する。
さらに二台のMacBook Proへ同じデータを用意し、どちらか一方にトラブルが発生しても、もう一方が即座にバックアップできる体制を整えている。
ライブを止めないための工夫は、Gaia’s Spirits Projectだけのものではなく、多くの大規模ライブやアイドル公演でも採用されている、信頼性の高い運用方法である。」
シーケンスは最後まで途切れることなく流れ切った。
タケシ
「よし。」
咲月
「シーケンスチェック、異常なしです。」
タケシ
「次は一台ずつ音を出していこう。」
九台の”城塞”が、いよいよ本番さながらの表情を見せ始めた。
タケシ
「じゃあ、音出し始めます。」
ステージに並ぶ”城塞”の前へ座る。
九台のシンセサイザーを見渡しながら、タケシは迷うことなく一台へ手を伸ばいた。
Roland JD-800。
ライブではメインキーボードとして使用している愛機だ。
咲月
「やっぱり最初はJD-800なんですね。」
タケシ
「うん。」
「毎回ここから始める。」
タケシは液晶画面を確認する。
表示されたパッチナンバーは――
『No.53 Piano』
アルノ
「その音、特別なんですか?」
タケシ
「特別。」
「俺にとっては”原点”みたいな音だから。」
ゆっくりと鍵盤へ指を置く。
一音目。
体育館いっぱいに、力強く抜けるピアノの音色が響いた。
続いてコードを鳴らす。
そして、いつものフレーズを静かに弾く。
瑠奈
「やっぱり、いい音……。」
ひなの
「一音で分かります。」
ナレーター
「Roland JD-800の『No.53 Piano』。
1990年代を代表するシンセサイザーの名音色の一つであり、アタック感の強い、Rolandならではの存在感を持つピアノサウンドである。
小室哲哉が数多くのライブやレコーディングで使用したことでも知られ、1990年代のJ-POPやダンスミュージックを聴いてきた人なら、一度は耳にしたことがある音色と言っても過言ではない。」
タケシ
「この音が鳴ると、『始まるな』って気持ちになる。」
咲月
「だから毎回、最初に確認するんですね。」
タケシ
「うん。」
「音程も、タッチも、出力も、この音で全部分かる。」
タケシは強く弾き、弱く弾き、和音を重ねる。
サスティンペダルを踏み替えながら、一つひとつ丁寧に確認していく。
咲月
「メーター正常です。」
さくら
「左右のバランスも問題ありません。」
アルノ
「ノイズもないですね。」
タケシ
「よし。」
「JD-800、異常なし。」
タケシは満足そうに頷き、そっと鍵盤を撫でた。
瑠奈
「その音、本当に好きなんですね。」
タケシ
「好きというより……。」
少しだけ笑う。
タケシ
「青春かな。」
体育館には穏やかな空気が流れ、“城塞”の最初の一台が、今日も変わらぬ音を響かせていた。