イズミはリリのベッドに横になっている。すっげー短い短パンみたいなやつを履いていて上は白いTシャツ一枚で裸足であり、ちなみにどうでもいいけど天パで黒すぎる黒髪でなんかこう粗野な感じがするし実際粗野である。
ちょっとかっこよく言えばサイヤ人っぽい。
いや別にサイヤ人かっこよくないな。サルだし。
――機島さん、サイヤ人がカッコイイで通るのは昭和生まれまでです。
「なんで私よりあんたがくつろいでるの?」
とリリは氷点下の声で言う。リリは今地べたに座ってテーブルの横で本を読んでいるところである。正直一人になりたかったんだけれどイズミがうるせーので仕方なく部屋に入れたのだ。適当にあしらってさっさと帰ってもらいたかったのだが。
「日本では客にいい席を譲るもんだろ。あんたはそこで末端冷え性にでもなってればいいんだよ。あたしはここで寝るからかまわないで。あとなんか、甘いもん持ってきて?」
リリのイライラが最後の一言でかなりボルテージを上げている。
格ゲーだったら超必殺技二回は出せる。
そもそも人の家に遊びに来ておいて寝るってどういうことなんだろうか。マジで狂ってるんじゃないの。なんでそんなに横暴なの。しかも甘いものって、そんなのあったら私が食べたいんだけれど。
「何見てんだよきめーな。さっさと持って来いよ糖分オラ」
リリは舌打ちをしながらその場を立った。なかなか険悪な友達同士であるが、まあ二人に関して言うなら最初から仲良くなんかなかった。ただ高校に入った時点で、とある事件がきっかけでなんとなく一緒にいる時間が増えてしまっただけだ。
リリは、今も別にイズミを友達だと思っていない。
台所の棚のお菓子置き場を探ってみたが何もなかった。
いや、「鮭とば」とか「かんかい」とか、妙に渋い珍味ならたくさんあったが、それはリリの親父が酒のつまみで食べるやつであり、イズミに持っていっても「くっさ!」とか言われるだけで終わるやつだ。
仕方なく冷蔵庫を見てみた。甘そうなものと言えば黒蜜シロップとママレードだけだった。
面倒くさかったのでとりあえず持っていくことにした。
「ほら糖分。ねえ、これ食べたら帰ってくれない。これからちょっと用事があるので私」
イズミに黒蜜とママレードを突き出すと、イズミはちらりと目をくれて、
「おう、ちょうどママレード食いたかったんだよ」
と言ってリリから取り上げ、蓋を外してカップの中に指を突っ込んでママレードを舐め、
「すっぱい」
とつぶやいた。それからママレードをゴミ箱にぶん投げつつ、
「せめてスプーーンもよこせよ指が汚れてしまうから!!!!」と怒鳴った。
そこで怒るのかあと思ったけれど、まあそれはいい。
「食べたでしょ。もう帰ってください。甘いものとかないし、あんた寝てるだけなら邪魔だから」
「けっ、別にいいだろ減るもんでもねーし。けちけちすんなハゲ」
「さっきも言ったけど用事があるんだって」
「なんの用事だよ」
「……家族でご飯に行くの」
「どこに?」
「……ロイヤルホスト」
「いいよ行かなくて。ここにいろよ。その黒蜜あたしの代わりに食っていいから」
いらねえ。マジ帰れ、と思ったけれど、どう言っても聞かなそうなので、聞こえよがしにため息なんかをついてみるリリである。
観念したのか、テーブルの横で本を読みながら、なるべくイズミを視界に入れないように頑張っている。
イズミはベッドに横になって石のように沈黙していたが、
「なあリリ」
と暗いトーンで声を発したので、リリは不気味に思って顔を上げた。
「突然来て悪かったと思うよ。けど今日は家にいたくねえんだ。色々あってさ」
あ、これシリアスなムードだなと思ったのでリリは、テーブルの上に置いてあったリモコンで音楽を再生する。
シューベルトのアヴェマリアが荘厳な響きで部屋中を満たした。
どうだ変な演出されて話しづらいだろう! ってリリは意地悪くほくそ笑んだ。
しかし、鈍感なイズミは表情一つ変えずに言うのだ。
「うちにシラミが湧いてさ……」
「はっ?」

(35分)