よく訊くと彼らの会話は英語からフランス語に変わっていた。
これはますます僕の出る場ではないなと自分の手帳にこれからのことや過ぎたことを顧みて書き込む。
これって海外旅行経験者の多くが同意すると思うが、妙に心持ち良いんだよね。
いつの間にか眠ってしまい、朝を迎えた。久しぶりのパリの匂いが近づいていた。ガール・ド・リヨン駅に着いた。僕よりも早く彼が大きな荷物を降ろした。何だろうね、この素早さは!嫌になっちゃうよ、まったく!
行きつけの「プログレス」に着いたのは10時頃だった。
いつものムッシュがいてホッとした。
翌朝、KALの事務所に再確認の電話を入れて万全を期した。パリ、オルリー空港1978年7月17日発、7月18日成田空港着。まだ出発まで2日ある。明日明後日、どう過ごそうかと考えながら、行きつけの安レストランで夕食を終えたあと、これまた行きつけのカフェで久しぶりカフェオーレを飲んだ。
(写真は'78年当時のパリ、ホテル・プルグレス前)
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