約7年間、原因のはっきりしない意識障害・低体温症を繰り返してきた父が逝去しました。


2月の時も奇跡的に退院できたものの、3月には心筋梗塞を経験。

そんな中、先月下旬にいつもの低体温症が起きてしまい、今回は心臓が耐えきれず逝去しました。

病院から危篤の連絡を受け、私達家族が駆けつけて最期の時間を過ごした1時間後の逝去でした。




最初の救急搬送は2019年3月。母からの電話に出ると、強心剤を投与されて心臓マッサージを受けながら運ばれたとのこと…。

奇跡的に回復したものの、その後、何度も同じ症状に襲われ、その度に救急搬送。 

当初はてんかんが原因とされ抗てんかん薬の服用を始めたにも関わらず、その後も同じ症状が繰り返され、結局は原因不明。 

毎度毎度、主治医が驚くほど奇跡的な復活を遂げてきましたが、この発作を繰り返す毎に、父は身体を少しずつ弱らせていきました。 



 少し?風変わりな父が私はずっと好きになれず、学生の頃からあまり会話の多い親子ではありませんでした。 

そんな中でも、息子が自分と同じ高校に進むことになった時は嬉しかったようで、 

『昔は近くにイカ天屋があって良く食ってたんだよ』

『ひと駅前で降りて早めに歩いて、学校の北側(門はない。壁を越える(笑))から入れば、最寄り駅からよりも早く着く。』

 等の他、ここに書けないようなエピソードも多々(笑) 

 決して学費の安くない薬学部に進みたいと言った時、そしてその前に代ゼミに行くことになってしまった時(笑)も、
『やりたいようにやんな』
とだけ言ってくれた父。 

今思うと、父なりに息子の応援を精一杯してくれていたのかなと思います。 



 妻の家族と初めての顔合わせの際、勝手にお義父さんの心境を察してウルウルと泣き出した父(笑) 

うちのお店(実家は酒屋なのです)に遠くから歩いて買いに来てくれたおばあちゃんに、『丁度あっち方面に配達あるから、帰りは一緒に乗ってきなよ。』と優しい嘘をついてた父。



 ちょっと?変だけど、根はものすごく優しい人だったと思います。 

この数年間、いつ襲ってくるかわからない病気と何度も何度も向き合い続けた姿は、ホントに立派でした。私だったら途中で心が折れていた気がします。 

 あちらには自転車があるのか分かりませんが、何年もできなかった趣味のサイクリングやウォーキングをやって、糖尿で控えていた甘い物も好きなように食べて欲しいです。