4月14日(木)卒業式・入学式は民間委託すべきである!
春である
春といえば、卒業式や入学式である
もっといろいろあるやろーけど、本日のテーマに強引にひきつけるとそーなるのである
ライターニドランは、よく学校へ取材にいく
今年も卒業式や入学式へ行ったのである
結論からゆーと…
卒業式・入学式はイベント会社に委託すべきである
っちゅうことやねん
去年も京都の卒業式・入学式批判をぶちかましたよーな記憶があるけど、今年も怒りモード全開なのである
君が代斉唱
校歌斉唱
学校長式辞
卒業証書授与
来賓祝辞
教育委員会告辞
祝電披露
卒業生あいさつ
在校生あいさつ
卒業生退場
こりが毎回変わらないプログラムである
(´ヘ`;)ハァ
なんで、こんな無味乾燥・傍若無人な式典をやるのであろーか?
まったく理解に苦しむのである
主人公は児童・生徒であり、教育権者である保護者ではないか
来賓紹介の筆頭に、なんで行政職である教育委員会を紹介するのか
なんで来てない市長らの祝電、しかも紋切り型の日本語が延々つながっている無味乾燥な文章を長々と朗読するのか
卒業式や入学式は、子どもの目線によりそい、成長の証やあらたな決意、思い出などを確認すべき場ではないのだろうか
ちょっと気の利いたイベント会社に発注すれば、京都の数百カ所でやられている卒業式や入学式の1万倍感動的で意義あるイベントをプロデュースするであろー
はっきりゆーとくが、ニドランは、はやりの民営化論者では決してない
いま「構造改革」なるもので、「民にできることは民に」を看板に、税金ムダづかいの泥縄節約運動と企業のもうけを確保するための民営化、民間委託、第3セクター化、PFIなどなどの手法が大流行である
経済効率が求められる行政サービスは確かに存在するが、効率を度外視してでも執行すべき公的責任の分野は少なくないのである
命や人権に直結する社会保障や教育の分野は採算や経済効率にとらわれることなく執行すべきであることは、世界の常識なのだ
あらためてゆーのもなんやけど、サッチャー・レーガン以来、世界にはやっている新自由主義経済とゆー政策は、必ずしもそーではない
ま、それはこのさいどーでもええのにゃ
新自由主義的な政策に反対であるニドランをもってしても、日本の京都の卒業式・入学式とゆーのはひどいのにゃ
問題はなにか
京都の多くの教職員は、「子どもが主人公の式を」と卒業生、入学生を向き合わせる「対面方式」やいろんな企画を考えて実行しようとしているのにゃ
ところが、卒業式っちゅうのは、正式には「卒業証書授与式」として、文部科学省が学習指導要領なるマニュアルで、「儀式的行事 学校生活に有意義な変化や折り目を付け厳粛で清新な気分を味わい新しい生活の展開への動機付けとなるような活動を行うこと」「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする」などと規定してるのにゃ
なんや?それ?!
だれのための学校かわからへんのにゃ
こんな能書きで何かええもんができるんやろか?
ニドランはさっぱりわからんじょ
っちゅうことで、教職員の善意や理想は、一片の通達で、「厳粛な儀式を」と葬り去られるのである
あんまし頭にきたので、今日はこのくらいにしといたらぁああ(←池乃めだか風)
ひさびさの社会派ライターモードに入りつつ、京の夜は更けゆくのであったぁあああ・‥…・・・★
まず文部科学省なるお役所を民営化することが先かもにゃ…(-。-) ボソッ