さて、新年早々勢い余って始めたこのブログですが、

書いたは良いものの次は何を書こうかと考えているうちに1週間以上も経ってしまいました。

 

どんな小さなことでも始めると同時に継続することの難しさを痛感します。

 

そんなこんなで今日散歩していたらふと、「モノを買う」ということについていろいろと考えていたのでそれについて書きます。

 

「モノを買う」つまりは何かの対価としてお金を払うということ、

特にここで言うモノとは生きていくうえで必要不可欠な物ではなく

ある程度自由に使えるお金、可処分所得?を何に使うかということです。

 

それを踏まえて、

モノを買う基準って人それぞれだと思います。

自分もよく欲しいものを買う上で、吟味していくうちに「実際なくても困らないし、不可欠な物でもないしなー」とか考え始めて、

無理やり自分を納得させることが多々あります。

さらには「よし、勢い余って買わなくてよかった、無駄な出費を防いだぞ、よくやった自分」とかも思ったりします。

 

でも一方で、なにか満たされなかったり、買ってしまった時のあの高揚感を渇望している自分もいます。

特に形として自分に残る「モノ」だとよりそれがはっきりと顕著に即時的に現れる気がします。

 

自分にとって大きめな買い物をしようとするときに毎回その狭間をうろうろしています。

 

どうしたらその時間を少しでも減らせるか、後悔なくその選択を終えられるかを考えた時に、

(もちろんその時間こそ買い物の魅力であり、醍醐味であるとも思います。)

自分の中でものさしを持つ、またはルールを決めてしまうことかなと思います。

 

それは例えば、他人の意見とか、先に良いと思ったほうとか、金額もそう、あとはもうルーレットみたいな運で決めてしまうとか、

あくまで迷ったときの話です。

逆に迷ったらもう買わないって決めてしまうのも潔くて良いと思いますし、

1週間冷静に考えてまだ欲しいと思ったらとかも聞いたことあります。

 

とにかく何かそういったものさしみたいにすがれるものがあると楽だなと思ったりしました。

しかもそう言ったものさしって自分の価値観が色濃く反映されるから、買い物以外の様々なことにも派生して

どんどんあらゆることを即決できていくような気がします。

 

周りの人生を謳歌しているようなきらきらしている人たちはみなさん自分の価値観の中で生きているなと思います。

 

よく考えれば当たり前なことかもしれないですが、

自分の価値観っていざ言語化しようと思うと難しいし、ひとつにも絞れません。

 

これを機に少し落ち着いて考えてみようかなと思いました、そんな一日でした。

 

今日もお疲れさまでした。