若いころに友達と死別した経験を
ふと思い出しました
私が
月一で会っている仲良しのKさんと
同級生でもあり
とても可愛らしい子でした
亡くなったのはNさんという
女性です
広島の出身で
面白いところもある人で
学生時代授業中
誰か
男子かな?
おならをしたら
「誰がひったん?」って
言うんです
(これって広島弁でしょうか?)
可愛かったな~彼女
芸能人で言ったら菊池桃子さん
のような
人でした
卒業後は
実家の広島に帰り
電話したり当時メールもなかったので
手紙をやり取りしていました
(菊池桃子さんの写真はお借りしました)
髪型もこんな感じ 菊池桃子さんに似ていました
ある日、そのNさんが
東京に住む兄の家に行くから
遊びに来て
と連絡があったので
(お兄さんは留守でした)
逢いに出掛けると
元々色白だったのですが
透き通るように白く美しかったです
「病気なんだ」と
告白されました
でも、それ以上の事は
聞いてなかったのです
「大丈夫?」とだけ聞いて
普通にお喋りして
帰宅しました
すると
数か月後
彼女のお兄さんから私に
電話があり
(通話したのはその時が初めてでした)
「妹が亡くなりました」
「え?」
呆然としました
当時
まだ23歳だったのです
広島に住んでいるのに
専門の病院がうちの近くの
どこかだったらしい
よく手紙をやり取りしていたので
彼女の手帳から
私の名前を見つけて
電話をしたとの事
きっとお兄さんに彼女が
「〇〇(私)に連絡して」って
言ったんでしょう
入院中
「友達に言わないで
今の姿を見せたくない」
と
言っていたそうです
私の住んでいる区なのに…
葬儀は実家広島の地で
行われました
広島に行こうかとても
迷いました
当時
同じくらいの娘を見たら
彼女のお母さんが
辛いのでは?という
思いから
葬儀は断念し
お香典を送らせて頂きました
23歳で彼氏がいた話を
聞いていました
これから楽しい人生になっただろうと
思うと
彼女の無念と
ご両親のお辛さも
今、痛烈に感じます
当時、グリーフケアという言葉は
当然ありませんでした
主人と彼女は何の接点も
無いから
天国でも会う事もないだろうけれど
私が
そちらの世界に行ったら
にこちゃんに逢いに行って
若くてきれいなままの彼女
年を取った私に
気付いてくれないかもしれません
でも
絶対に逢いに行こうと思います
あんなにきれいな彼女と
好きな人がかぶって
プチケンカした
話も
懐かしく出来たらいいな
菊池桃子さん風の清楚な彼女と
当時の私はSILVAさん風
ちょっと派手な格好をしていました
もう何十年も経ったけれど
彼女が生きていたら
どうだったろう?
大好きな友達で
よく遊びに行きました
今一番仲良しのKさんよりも
当時はNさん彼女と普段
ランチに行ったり
飲みに行ったり
合コンに行ったりしていました
私も悲しくて😢
辛かったけれど
ご両親の事を想うと
いたたまれません
そちらの世界に行ったら
ぜーったいに
逢いに行くからね
友達の知り合いのお母さんが
尼さんだったので
私なりに
当時東京で供養してもらいました
祈り届いているかな
そっちに行ったら私
必ず
世界一大好きなにこちゃんを
Nちゃんに紹介するね
Nちゃん
大好きだよ
そっちでお話山盛りに
持参するから
もう少し待っていてね