careless  minister初ライブのあとは、一層バンドに対する熱量が上がった。

 学校にいる時だって、バイトの日だって全てはバンドを続けるためにこなしている時間のように思えていた。

 毎週、土日のどちらかはメンバーに会い練習を重ねた。

 この頃は練習場所がスタジオから地域の公会堂に変わっていた。
 というのも、メンバーのドラムのお爺さんが公会堂を管理してたこともあり、地区でのイベントや公会堂を使用する日を除き僕らに無償でこの場所を提供してくれた。

 その事もあり、スタジオ代が浮くだけでなく、2時間や3時間といった時間の縛りもなく1日中、公会堂にこもりバンドの練習をすることが出来るようになった。
 それは僕らにとってとても幸せなことだった。


 

 そしてその後も、2回目、3回目とライブをこなした。
 この頃はまだ初回ライブと同じ楽器店のスタジオライブのようなイベントに出ていた。
 クラスメイトや中学の頃の友達も何度か見にきてくれることがありとても嬉しかった。

 バンドがしっかりと僕の居場所になった。
 音楽をする事、歌を歌うこと
 それが僕の存在意義なんだって大袈裟なことを考えた日がいくつもあった。