「地獄の一番熱い所は、倫理の危機に臨んでも、中立を標榜する者のために用意をされる」



この言葉の元となったのは、双子座の生まれであるダンテ・アリギエーリの著作です。


作品は、「神曲」、中でも地獄篇。



意味は、道徳的、倫理的に許すべからざることが起きようとしている、または、重大な危険が迫っているとわかっているのに、何もしようとしない者が一番、罪が深い、従って、地獄の一番深く、苦しいところへと落とされる、といったものです。



何というか、、、


この、ぐうの音も出ない正論と、激しく立場を決めろと迫る迫力には、中庸を重んじ、バランスを取ろうと四苦八苦する天秤座の私には、「どうも、すみません」と頭を垂れる以外に方法がありません。



守護星・水星の双子座は、知性を司る風の星座の中でも、最もハードな面を表すため、頭の良さでも群を抜いています。



ちなみに、同じ守護星・水星の乙女座には、一時、世界一知能指数が高いとされたゲーテがいます。



双子座の支配するタロットカードは、恋人とソードの8、9、10。



恋人のカードは、別名兄弟で、カインとアベルを表すともされ、品位が良ければ、美、結婚、恋愛の成就、契約などの意味がありますが、品位を悪くすると、背信を表します。



ダンテは、裏切りを憎み、「神曲」の地獄篇でも9層から成る地獄の最も過酷な部分に裏切り者を送り込んでいます。



カインとアベルは、人類史上初めてとされる兄弟殺しの代名詞です。



ただし、こういった側面は、他の吉札にも当てはまります。



繰り返しになりますが、例えば、勝利や解放を表す太陽のカードが品位を落とすと、傲慢、自惚れ、挫折、希望を表す星のカードなら、高望み、排他的、不信、正義のカードなら宙に浮いた結論、悪魔的言動などとなります。



一見、凶札のような悪魔のカードは、本来が誘惑を示し、直接、悪いことをしない一方で、品位を良くすると純粋な心や科学的知識、克服となったり、終末を示す死神のカードが覚醒や再出発となることと比較をすると、本来、良いとされるものが品位を落とすほうが怖いのです。



おそらく、この点は誤解を招かないためにも、また、凶星の代表である火星・土星でも品位が良いと、善良な側面が浮き彫りになるといった点でも、何回強調してもしすぎることはないかと思います。




具体的な例としては、福島の原発事故が起こった際に、当時の天秤座の総理が、こともあろうに、わざわざ混乱を招くようにして現場に足を運んだことは記憶に新しいかと思います。



天秤座のカードは正義ですが、まさしく、あのような行為が品位を落とした際の悪魔的行為と言っても過言ではありません。



あのバ、いえ、あの天秤座の面汚しへの制裁は、まだでしょうか。



一方、ソード=剣の8は、双子座に入った木星を表し、主な意味は干渉と妨害。



品位が良ければ、ぎりぎりのバランスと絶妙さを示します。



双子座は、教育や乗り物と同時にメディアを司りますが、天秤座、水瓶座と同じ風の星座に属するので、軽く、柔軟性に富むのが特徴です。



そのため、拡大の星・木星が入ると木星の寛大さが逆に軽口を叩く傾向に拍車をかけ、余計なことを言って人の足を引っ張る傾向が出てきてしまうのです。



しかし、あくまで大吉星の木星が支配をするので、基本、幸運を伴い、うまく的を射て、要領よく言葉を選べば、「よく言ってくれた」と祝福をされる状況でもありますが、均衡は極限の状態で保たれているので、双子座ならではの頭の良さと理性が試されます。



その危険性は、次のカードに示されます。



ソードの9は、双子座の火星を表し、主な意味は、残酷。



ただし、品位が良ければ、誠意、無私の心となります。



このカードには、ギザギザの剣の先から毒と血が流れる図柄が描かれますが、感情的な火星のエネルギーが暴走し、理性が打ち負かされた状態を表すとされます。



例えば、話し合いや討論などで、何としてでも相手を言い負かしたいなどと思い上がった動機を持った際に、極論やでっち上げ、揚げ足取り、ああ言えばこう言う、批判の応酬などを繰り広げることを意味します。



朝日新聞をはじめ、ねつ造マスコミが、現在、絶賛この状況ですから、わかりやすいかと思います。



ただ、恥を示すカードでもあるので、すぐさま取り消す柔軟性もありますし、肝心なところで間違いを認めることができる人は、聡明で誠実であることが大半です。



情報や教養は、吸収の速い遅いの違いはあっても、誰の頭の中も最初は白紙=無知の状態です。



知らないことは学べば良いのですから恥でもなんでもありませんが、問題なのは、知ろうとしない姿勢、わかっているのにわからないフリをする、言い換えれば、まさしく、ダンテの言わんとする倫理の危機に際しても中立を標榜すること、すなわち、我関せず、自分がしなくても誰かがやってくれるだろうといった無気力で無責任な態度とも言えます。



当然、イソップ童話におけるコウモリのような態度は論外です。



また、ソードの9は、狂信的で精神が異常であることも示すため、この経典さえ読んでおけば何をしても多少の罪は許されるなどといったカルト的偏執性も示します。



どんなにお遍路をしようが、上辺だけの祈りを捧げようが取り返しがつかないにもかかわらず。



恥の概念が元からないなら救いようがありませんが、双子座の頭の良さは、無知なことを恥じるのではなく、吸収する機会を逃すことに活かされます。



守護星の水星は、好奇心も示すので、彼らの情報収集力と最大の武器は、合理的なしなやかさと貪欲な学びの姿勢が持ち味で、そうした姿勢を長く続ければ、自然に、知らなくて恥ずかしいといった状況に陥ることが減り、秀才として一歩抜きん出た存在になるというわけです。



個人的にも、双子座の変わり身の早さと、軽快さ、物知りな面には、よく感心させられます。



ただ、水星は神経も司るため、意外とデリケートな面があるので、気を遣うこともありますが、よくしゃべり、人をそらさない会話は、寛いだ状態では本当に楽しいものです。



自分のことばかりを話す人も疑問符が付きますが、最も信用がならないのは、人の話を聞いてばかりで自分のことを語ろうとしない人です。



好奇心旺盛な双子座は、そのバランスが絶妙で、品位が良いと退屈や不安とは無縁です。



双子座に限らずどの星座に対しても同じですが、最もしてはいけないのは、好意を素直に受け取らない、また、恩を仇で返すことです。



水星があるかぎり、知性と理性のない人などは存在しません。



頭の回転の良い人は目端もよく利くため、財布の中身が乏しかったり、荷物が重かったりすれば、すぐに手を差し伸べてくれます。



もちろん、負荷が大きければ、すぐに返す、または、交代することが必要ですが、品位が良ければ、基本的に善良で寛大ですから、少しの負担で恩に着せたりはしないのです。



理性の素晴らしい点は、「力のある者がやっておけばいい」、「困ったときはお互いさま」と合理的に割り切ることができることです。



力のない人に求めるものは、ただ一つ。



「ありがとう」という純粋な言葉と、万一、立場が逆転したときの恩返しだけです。



最後、ソードの10は、双子座の太陽を表し、主な意味は、破滅。



ただし、あくまで太陽が守るので、品位が良いと再出発や希望となります。



ソードの10のカードには、ワンド=火、カップ=水、ディスク=地のカードに、それぞれのエレメンツを表す棒、杯、円盤が10個ずつ描かれる一方で、剣が9本しか描かれません。



生命の樹における太陽が司るティファレント=美の剣が、他の9本によって打ち砕かれているためです。



ティファレントの数字は、6。


3の倍数です。



6は、恋愛と財産を支配する金星の数字でもあり、恋人のカードに振り当てられた数字です。



ジューン・ブライド=6月の花嫁は幸せになるとも言われ、ダンテが「神曲」を著した強い動機には、生涯想い続けたベアトリーチェという女性の存在と故郷フィレンツェを追放されたことが大きいとされます。



ティファレントには蠍座の太陽を示すカップの6が位置し、主な意味の中には信頼とともに「郷愁」があり、すべてのソードのカードが帰属します。



太陽は、イタリアを支配する獅子座の守護星です。



金星が司る色と欲が身を滅ぼす元になることは、今も昔も変わらないことでもあって、ソードの9で警告される危険が、ここでは具体的な終末となり、器用に動いて得をしようとする態度が、現実離れした理由、すなわち狂気じみた事柄として終わりを迎えます。



ダンテは、秘数3、中でも3×3=9を崇拝し、「神曲」でも度々、登場させています。



作品は、地獄篇、煉獄編、天国編の3部構成で、各篇はそれぞれ34歌、33歌、33歌から成りますが、地獄篇の最初の歌は序篇になっているため、合計100歌ではなく、3の倍数である99歌から構成されます。



双子座は、牡羊座、牡牛座に続いて3番目に位置する星座で、風のエレメンツは火と水に続いて3番目に現れ、クオリティー(質)の分類では、運動宮、定着宮に続いて3番目に現れる柔軟宮に属し、12星座の9番目となります。



本来、6番目に現れる乙女座と9番目の射手座と双子座の共通点は、教育と学問を司ることで、魚座とともに全て柔軟宮となります。




数秘術や占星術を盛り込んだトートタロットでも、このカードは特に異色で、また可能性を秘めています。



生命の樹における第10の段階は、マルクト=王国を表し、10は完全数とされます。



ダンテの巧みさは、この10を基調としながらも、最初の完全数である3と究極を表す9を作品全体に行きわたらせ、なおかつ、当時のイタリア文学では、格上とされた悲劇に分類されず、喜劇として扱われた背景には、ラテン語ではなく、一般庶民にもわかりやすくするため、トスカーナ方言で書かれていたことにも見出せます。



マルクトは物質世界を示し、地の星座である牡牛座、乙女座、山羊座が支配をしますが、到達点でもあるので、ある種の権威性を示すと同時に特権階級のような排他的要素が入り込む可能性があるのです。



このカードは、政治家のカードでもありますが、ダンテは詩人でもあり政治家でもありました。



ソード、すなわち風は、富や権力を表すディスク=地の星座と相性が悪いので、純粋な知性や情報の真の目的を社会的、または物質的なものに求めてはいけない、普遍的、また本当に役立つ知識、そして人を指導する立場を得た力=言葉は、広く知られ、支持をされて初めて本当の価値が出てくるというわけです。



10は、完成の領域ですが、剣が10本そろわないということは、他のエレメンツの星座とは違い、風、その中でも双子座が、自身の王国を築いてから究極のステージのケテル=王冠である、第1のセフィラーへと戻る旅を誰よりも効率的に、また動機も強く持って、進んで行けるということです。



軽快さと明晰な頭脳を伴ってはいますが、一見、容易く見えることこそが実は困難であることは、よくあることです。



幸運を表す木星、生きるエネルギーを表す火星、生命の源である太陽が、双子座では厳しく、また、強烈な意味を持ってくることが特徴で、本来のソフトで機知に富んだ性質とは正反対の厳しさと激しさ、極端な面がありますが、聡明であるが故に中立に警告を発したのがダンテと言えるかもしれません。




現在、日本では、平和の仮面の下で、混乱や不安が渦巻いていますが、「大人の対応、大人の対応」と言われ、態度と声だけは大きい卑怯な輩=倫理の危機に対しても大人しくしていたために、大変な犠牲を払ったことが次第に明るみに出てこようとしています。



マスコミや悪徳政治家を淡々と糾弾することは、学校や職場でのイジメやパワハラに理性的に反撃することと同じです。



影響力が強い者を正論で打ち負かすことが、世の中の当然の風潮となれば、プライベートな空間でも当然、不条理な状況を覆すことにつながります。



ある人にとってはささいなこと、ある人にとっては勇気の必要なことかもしれませんが、言葉=水星の力は、バタフライ・エフェクトにも例えられ、地球の裏側で蝶が羽ばたいても物事を大きく変える影響力があるのです。



犠牲になった人のため、何よりも、自分自身のために、地獄の最も深いところへと堕ちるという代償を払いたくなければ、ためらわずに声を上げて、立ち位置を鮮明にするべきです。