1/4コンマ・ミーントーンについては、語ることが多すぎてどこから手をつけようか悩むレベルですが、私なりに要点を整理してみたいと思います。

 

・考案されたのはルネサンス期、15世紀と言われています。昔のことすぎて、残っている資料も限られており、細かい話をし始めると諸説あるのですが、おそらくキリスト教の賛美歌と一緒にヨーロッパ全域に広まったと考えられます。

 

・西洋音楽史の本などを読むと、ヴォルフを緩和していない1/4コンマ・ミーントーンは、バロック初期にはすでに時代遅れとみなされていたというような記録もあるらしく、私も長い間、それを真に受けてたんですよね。実際、バッハの曲を1/4コンマ・ミーントーンで演奏するとたいてい酷い事になります。ヴォルフを緩和するように調整したモデファイド・ミーントーンは、バロック初期にはすでにかなり使われていた可能性があります。バロック中期・後期に、大規模なパイプオルガンをたくさん製作したジルバーマン一族やA.シュニットガーは、1/6コンマ・ミーントーンやモデファイド・ミーントーンを使用しています。

 

・しかし、1/4コンマ・ミーントーン が世間一般で使用されてなかったとしても、個々の作曲家がどうだったかは、また別の話なのです。ここまで色々調べてきた結果としては、この使いにくい1/4コンマ・ミーントーンを、なんとかうまく使いこなしてやろうと多くの作曲家が奮闘してきた歴史があったのだ、と考えざるをえません。

 

・1/4コンマ・ミーントーン の狭い五度は、日本の伝統音楽には無い音程なので、これも日本人が受け入れづらい要因の1つに見えます。純正五度が開放的な、屋外のわび・さびのような情景を表現するのが得意なのに対して、これを1/4コンマ・ミーントーン の狭い五度でそのまま置き変えたのでは、おかしな事になってしまい、「1/4コンマ・ミーントーンなんて役に立たない」という結論になってしまいます。この違いを理解して受け入れるには、キリスト教的な価値観とか考え方、あるいは教会の音響的な響き、というようなことについて学んで理解する必要があるでしょう。これらは日本人にとっては意識的に勉強しないと身につかないものです。

 

・1/4コンマ・ミーントーン は長三度が純正に響くことでやや硬質に聴こえるのに対して、短三度、四度、五度などではゆるいうなりが生じ、軟らかい響きになります。響きの質が異なってしまっているので、これを音楽的にうまく処理しないと、ちぐはぐに聴こえがちで、これもこの音律の使いづらさの要因の1つになっています。(この使いづらさを改善した音律が 1/5コンマや2/7コンマミーントーンだったと考えることもできます。)

 

・1/4コンマ・ミーントーン の純正な長三度は、「ものごとが順調にうまく行っている」ような印象を与えるので、祝祭的な気分を盛り上げるのが得意です。ダンス音楽に利用すれば、思わず体を動かしたくなるようなノリノリな音楽も得意です。こういう長所をうまく利用するならば、現代においてもこの音律が役に立つ場面は多いはず、と私は考えています。

 

 

 

○ヘンデル 水上の音楽、他

 まず何と言っても、1/4コンマ・ミーントーンを上手に使いこなした音楽家として筆頭に挙げたいのはヘンデルです。これは本当にびっくりします。これについての反論はあまり聞いたことがありません。これは単にヘンデルの作品が優れているというだけでなく、その後の時代のモーツァルトやベートーベンもヘンデルの作品から学ぶことが色々あったはずで、さらにモーツァルトやベートーベンの作品は、その後の作曲家に大きな影響を与えたということを考え合わせると、西洋音楽史的に必ず勉強すべきことの1つであることは間違いありません。

 

 

○アメリカ国歌

 アメリカ国歌の旋律はもともと18世紀に作曲された曲で、1/4コンマ・ミーントーンで具合よく演奏できますし、実際に、現在の国家演奏もこの響きを引き継いでいると思います。平均律では「コレジャナイ」感じになってしまいます。他にもヨーロッパ各国の国歌で、1/4コンマ・ミーントーンで具合よく演奏できる曲は多いです。

 

 

 

○モーツァルト ピアノソナタ、キラキラ星変奏曲、他

 モーツァルトが使っていた音律については諸説あるのですが、モーツァルトが少なくとも「1/4コンマ・ミーントーンの新しい使い方を開拓した」ということは間違いないので、この功績はもっと知られるべきだろうと思います。モーツァルトは上品な曲ももちろんたくさん作っているんですけど、個人的に特に面白いと思っているのは、モーツァルトが上品ではない(つまり下品な)、1/4コンマ・ミーントーンの使いこなしをいろいろ開拓したことで、これはのちの時代の娯楽作品に少なからず影響を与えていると思います。

 

 

 

○チェルニー

 現在では練習曲以外はほとんど知られていませんが、チェルニーも1/4コンマ・ミーントーンの新しい使いこなしの開拓で後の時代の作曲家に影響を与えています。例の1つとしてOp.400に含まれる12のフーガがいずれも1/4コンマ・ミーントーンで具合よく演奏できるというのは、これ1つを取っても驚くべきことです。

 

 

 

 

 

○メンデルスゾーン 結婚行進曲

 メンデルスゾーンは、その名前の知名度の割に、日本では作品があまり知られていませんが、メンデルスゾーンも実はモーツァルトに負けず劣らず1/4コンマ・ミーントーンの使いこなしが上手な天才でした。

 

 

 

○シューマン 子供の情景

 

 

 

○ヨハン・シュトラウスⅡ世 ワルツ各種、ポルカ各種

 ヨハン・シュトラウスⅡ世の有名なワルツやポルカのうち、1/4コンマ・ミーントーンで具合良く演奏できる曲というのがけっこう有ります。19世紀半ばから後半になってなお、これほど上手に1/4コンマ・ミーントーンを使いこなす音楽家が人気を博していたというのは驚くべきことです。ヨハン・シュトラウスⅡ世は1/4コンマ・ミーントーンの黒鍵の極端に広い長三度を好んで使って、美しい旋律をたくさん生みだしました。

現在のピアニストは、ヨハン・シュトラウスⅡ世の曲の演奏を苦手とする人が多いですが、これはもう明らかに平均律の弊害です。

 

○ブラームス ハイドンの主題による変奏曲

 ブラームスの場合、全体的には1/6コンマか、モデファイド・ミーントーンの方が具合が良い曲が多い印象ですが、中には1/4コンマ・ミーントーンで演奏可能な曲もあります。なかでもこの「ハイドンの主題による変奏曲」は、ブラームス以前の色々な作曲家の作風のオマージュをちりばめて構成されているようなところがあり、1/4コンマ・ミーントーンの上手な使いこなしの標本のような様相を呈しています。

 

 

○ビゼー

 ビゼーの作品は全般的に1/4コンマ・ミーントーンと相性の良い曲がとても多いです。カルメンの他に、アルルの女なども同様の傾向です。

 

 

○チャイコフスキー くるみ割り人形

 チャイコフスキーの初期の作品、たとえばピアノ協奏曲第1番は、ミーントーンでは酷い事になります。なので、チャイコフスキーは当初、かなり平均律寄りの調律法を使っていたらしいことが伺われます。しかし、晩年になるほどミーントーンの使いこなしが上達していっており、その集大成と言える作品がこの「くるみ割り人形」です。一般的には、古いタイプの調律法からだんだん平均律に収束していった、などと考えられがちですが、個々の作曲家の事情を細かくひもといて行くと、そんな単純な話ではないのです。

 

 

○スーザ 行進曲各種

 歴史的な行進曲全般としては、1/4コンマ・ミーントーンで演奏可能な曲はそれほど多くないのですが、しかしその中で、スーザの行進曲に1/4コンマ・ミーントーンで具合良く演奏できる曲が多い事には驚かされます。

 

 

○ラヴェル 「ボレロ」

 

 

こうやって見ていくと、 1/4コンマ・ミーントーン で具合良く演奏できる曲には、広く知られた名作が多い事に改めて驚かされます。西洋音楽の歴史とは、ミーントーンの新しい使い方を開拓する歴史でもあったと言えるかもしれません。