私は「具体的な楽曲を想定しない音律論」はナンセンスだと考えているので、まず最初に具体的な楽曲を特定したうえで音律について調べるのが基本方針です。が、途中経過のまとめとして、現段階で「各種の音律にそれぞれ合う曲の代表例」をまとめておこうと思います。まず最初は12等分平均律です。

 

○ドビュッシー 月の光

 これは一般的に認知されている話で、これ自体には異論は無いです。ただし実際に月の光を色々な古典調律で聴き比べてみると、それぞれの音律でそれぞれ解釈可能で、特定の音律に依存しない曲だということも解りました。ミーントーン寄りの調律でもピタゴラス寄りの調律でも解釈可能なので、その中間に位置する12等分平均律でも問題無い、という構造の曲です。

 

 

○エリック・サティ グノシエンヌ 第1番

 部分的に見ると、12等分平均律には合っていない曲なんですが、その合ってない違和感と曲調の不気味さの相乗効果で、12等分平均律で演奏した方が、聴き手に強烈な印象を残すことができます。一見、ミーントーン系の調律が合いそうな曲に見えますが、この曲をミーントーン系の調律で演奏してみると、逆につまらない曲になってしまいます。

 

 

○ショパン 幻想即興曲 op.66(遺作)

 12等分平均律で演奏すると、響きの濁りが演奏に迫力を与える効果を持ちます。キルンベルガーやラモーでは凡庸な印象になってしまい、あまりパッとしない曲になってしまいます。

この曲は「ショパンのにわかファンには人気があるが、ショパンマニアからの評価は低い」という謎現象がある曲なのですが、その原因の1つは、この音律的な特徴にあるのではないかと思われます。世界的に有名なピアニストはショパンの演奏に12等分平均律を使ってない場合も多く、そうするとこの曲はイマイチな印象になってしまうので、ショパンマニアには人気が無い、という訳です。

この問題は、おそらくショパン本人も自覚していただろうと私は考えています。幻想即興曲が作曲された時期としては、エチュードの作曲後で、24の前奏曲を作曲するよりは前にあたります。つまりこの曲が作曲された当時、ショパンは24の調からなる組曲を構想中でした。それで、実際に24の調を自由自在に使える12等分平均律を使って試していたことは十分考えられます。この曲は12等分平均律を使った作曲の習作だった可能性があるのです。しかし、この曲が作曲された当時、世間ではまだ 12等分平均律 は一般的ではなく、当時主流だった音律ではパッとしないことに気がついて、出版されずにお蔵入りになっていたのかもしれません。

 

 

○ベルリオーズの交響詩

 ベルリオーズはギターで交響曲を作曲していたと言われています。ギターのフレットは当時から平均律ですから、他の作曲家と比較すると、12等分平均律で演奏した時の違和感が少ない印象があります。

 

 

○ラフマニノフ 「愛の悲しみ」

 正直な所、私はこの曲は古典調律で演奏した方が好みですが、12等分平均律で演奏するのを好む人がいるというのも理解できます。12等分平均律は悲しみの表現が得意です。

 

 

○学校教育向けの音律として

 12等分平均律は数学的につくられているので、特定の宗教と密接にかかわった経緯を持ちません。宗教的にニュートラルな立ち位置にあり、また、12の音をすべて平等に扱う事から、平等を重んじる公教育と思想的に相性が良いとは言えます。一方、西洋音楽の古典調律は、その歴史的な成り立ち上、キリスト教と密接な関係があるものが多いです。宗教系の私立学校なら古典調律でも問題ないかもしれませんが、公立学校向けの音律としては、特定の宗教と密接なかかわりがある音律は望ましくないでしょう。12等分平均律が学校教育向けの音律として無難な選択になるのは理解できます。

 

○片思いの歌、失恋の歌、別れの歌

 12等分平均律の、微妙に合わない長三度の響きというのは、何か物事がうまく行っていない状況を表現したいときにうまくハマります。具体的には、片思いの歌、失恋の歌、別れの歌などは平均律が得意とする分野と言えます。こういう曲がウケるのは、多くの場合、若い人をターゲットとした歌謡曲であり、12等分平均律が若い人に人気があることと整合性があります。

 

具体的な例としては、1983年のガゼボの「I Like Chopin」はかなりきっちり12等分平均律で、ちょっとでもズレると原曲の雰囲気が損なわれます。1989年 Wink の「淋しい熱帯魚」のオケは、デジタルシンセの平均律をそのまま使ってるっぽい感じがします。曲はイ短調なのですが、古典的な調性格をガン無視しているという点でも平均律的です。

 

 

 

 

 

逆に、12等分平均律が現在普及していることで正当な評価が困難になってしまっている例も上げておきます。

 

12等分平均律が合わない作曲家:

×ヘンデル作品全般

×ヴィヴァルディ作品全般

×テレマン作品全般

×ハイドン作品全般

×サリエリ作品全般

 このへんのバロック曲・古典派曲は、古典調律をちゃんと勉強しないと、どうにもならんです。

 

×チェルニー

 練習曲だけは知られていますが、それ以外の膨大な作品が死蔵されている状況です。チェルニーはミーントーンの新しい使い方を開拓するような事もやっており、リストをはじめとして後世の音楽家への影響もあったと思うのですが、そういう工夫が12等分平均律では何も見えてきません。