私の身におこったこの2か月の出来事は、生涯忘れえない、また忘れてはならない信仰体験ともいえる。
主に導かれた一つ一つであったと、心から思う。
心の中には、疲労と怒りと葛藤が渦巻いて、私を不安にひきずりこもうとしていたし、心身の弱さに幾度も負けそうになった。
身体が動かないことも、呼吸が苦しいことも、頭痛にさいなまれることもあった。言い知れぬ不安感の中で、自分はこのまま死に向かっていくのかもしれない、あるいは、大病に襲われるのかもしれない・・・そんな焦りの中で、思わず、愛する家族の一人一人と、地上で出逢わされた信仰の先輩である牧師夫妻に対して、メモ書きのような遺書さえ書いた。涙を流した・・・。それらが
すべて、臨在くださる主の前であったことを想う。
その状態によって、私は自分で心療内科に向かうことができ、
傾聴と診断と投薬によって、安定に向かうことができた。
職場の上司の理解を得て、最大の配慮をされて、あらゆる手続きを静観のうちにすすめることができた。
私という個人が、倒れて、休職から退職に向かったという事柄の中には、主の大きなご計画があったと思われる。
私が、悩みつつも心がいつも支えられて、その時々に成すべきことや、方向性を示されていったのは、生けるご聖霊の導きであった。その証拠には、倒れたその時から、常に、心に満ち溢れてくる讃美や、みことばが次々と与えられたことである。
時宜にかなった助けが与えられる・・・と聖書に約束されている。その、体験をさせていただいた。
このことが起きる前にしっかりと備えられていた、新しい職場に私は向かう。『私』という存在をたいへん歓迎してくれている。
ありがたいこと、この上ない事である。
主が開いてくださった新しい道を、感謝と謙遜の思いで進みたいと思う。すべてのことを、主にゆだねて・・・。
この信仰を私の心に与えて下さった、主の御霊によって私は、
救いの喜びを胸に、地上の命を生かされていきたい。
ハレルヤ!救い主イエスキリストの十字架と復活のみわざを信じ、永遠の命を感謝します!
