正月早々、夫婦喧嘩が勃発した理由

 

― 自分を騙して生きてきた私が、限界に気づいた話 ―

 

正月早々、夫婦喧嘩が勃発した。

 

きっかけは、姑と会ったことだった。

会話の端々で感じる、配慮のなさ。

小さな一言、ちょっとした態度。

 

「この人、配慮に欠けるな」

 

そんな感覚が、心に引っかかった。

 

でも私は、

「私もいい嫁じゃないし、お互い様だよね」

と、いつものように自分を納得させようとした。

 

──けれど、それは“解決”ではなかった。

 

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納得したふりをする癖

 

私は昔から、違和感を感じると

それを**頭で処理して、なかったことにする癖**がある。

 

・相手も悪気はない

・私が我慢すれば丸く収まる

・大人なんだから

 

そんな言葉で、自分を押さえ込んできた。

 

でも最近、それができなくなってきた。

 

大人ぶっていただけで、

**実際には全然、納得していなかった**のだ。

 

気づかないふりをしてきたことに、

もう限界が来ている。

 

そのことを、体が、心が、教えてくれていた。

 

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姑は「きっかけ」にすぎなかった

 

今回の出来事は、

姑の言動そのものが問題だったわけじゃない。

 

それは、ただの**引き金**だった。

 

本当はずっと、

自分の中に溜まっていた違和感があった。

 

それを見ないようにして、

見ないようにして、

それでも日常を続けてきた。

 

でも今回は違った。

 

「私は、本当は何を望んでいるんだろう?」

 

そう問い直すところまで、心が追い込まれていた。

 

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そして、夫との大喧嘩

 

その流れの中で、夫と大喧嘩になった。

 

なぜ、こんなにも感情が爆発したのか。

 

言葉にしてみて、

自分でも驚くほどの本音が出てきた。

 

・この顔も嫌い

・我慢している

・守ってくれると思って、ここまで来た

・でも、何一つ大事なところで守らない

 

ひどい言葉だと思う。

 

でも、これが本音だった。

 

私はずっと、

「きっと守ってくれるだろう」

という**希望だけ**で、生き延びてきた。

 

現実がそれに追いついていないことを、

見ないようにしていただけだった。

 

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絶望の正体

 

私は、絶望していたのだと思う。

 

「こんなもののために、ここまで来たのだろうか」

 

そう思いながら、

それでも自分を納得させ続けてきた。

 

自分を騙して生きると、

人はどんどん拗らせていく。

 

だから、もう決めた。

 

絶対に、自分を騙さない。

 

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私を縛っていた信じ込み

 

私には、強烈な信じ込みがあった。

 

「人を傷つけてはいけない」

 

この言葉に、長い間縛られていた。

 

人は、私を平気で傷つける。

でも私は、それをしてはいけない。

 

ずっと、そう思い込んでいた。

 

でも、気づいてしまった。

 

私も、そうしていいのだ。

 

これは、私にとってとても大きな許可だった。

 

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アダルトチルドレンとしての解放

 

親の謎ルールに縛られたまま大人になった私は、

「人を傷つけない」ことに

膨大なエネルギーを使ってきた。

 

何をされても、私は私でいなければならない。

感情を出してはいけない。

波風を立ててはいけない。

 

でも、もう違う。

 

人を傷つける人は、傷つける自由がある。

そして私は、

それをしてもいいし、しなくてもいい。

 

したければしていい。

 

──どうでもよかったのだ。

 

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これからの私へ

 

その上で、私は考えたい。

 

・本当は何を望んでいるのか

・何を感じているのか

・どんな人生を生きたいのか

 

この延長線上でなくてもいい。

 

もっと自由に。

もっと正直に。

 

それが、

永遠を生きる魂の成長なのかもしれない。