眠れぬ夜の奇妙な話コミックスというシリーズがある。
「百鬼夜行抄」等、ホラー要素を含んだ対象年齢のやや高めの少女漫画のシリーズである。
チキタ★GUGUという漫画がなかなか好評なようであったので読んでみた。
人を食らう化け物と少年の心の交流を描いた作品とでも言っておこうか。
心の交流。
便利な言葉である。
愛、友情、どちらもしっくりこない。
愛ではいやらしい感じがするが、友情ではさびしい感じがする。
愛にいやらしい感じを抱く私がいやらしいのかもしれない。
否定しない。
読後は清々しくは無かった。
泣けるものなら泣いてしまいたいが、涙をこぼすには決定的な何かが足りない。
感情を爆発させられないとき、爆発させきれなかった感情は身の内で延々と生き続けてしまう。
それは私の感情を重層化させてくれるものなのだと思う。
私の感情を、延いては私の人生を豊かにしてくれるものなのだろうと。
しかし、こういう気持ちになるのは疲れる。
終わらないレポートをいつまでも抱えているような、内側から消耗させられているような感じがする。
だから、あまりこういう気持ちには、なりたくない。
それなのになぜかいつでも探している。
息が苦しくなるような気持ちをくれる物語を探している。
後悔すると分かっているにもかかわらず、いつも心のどこかで求めている。
中毒だ。
悶えるようなこの気持ちには中毒性があるに違いない。
この名状しがたい感情を、形にして上手く味わえるようになるには、あとどれくらいかかるのだろうか。
上手く味わえるようになったら、私はこの悶々とした気持ちを忘れてしまうのだろうか。
この気持ちが分からなくなることも、この気持ちに溺れることも、恐ろしくてたまらない。
