どーも、どらどらです。
さーて、ぶっちゃけますとですね。
わたしの結婚生活かなりヤバいです。
新婚なのに新婚感ゼロ!
旦那さんは家に帰ってきて寝るだけ。
会話もほぼなし。
2人で出かける予定を話し合うこともなし。
新婚旅行も予定なし。
日々の予定や法事関係の予定の連携が
全然されておらず、直前に言われること多々。
でも、、、
12月に結婚式はする。
(旦那さんの親族へのメンツのため)
いや、マジで大丈夫かいなw
って本気で自分に突っ込んでる。
ま、こんなんだから
わたしはかなり旦那さんに喧嘩をふっかけて
しまうことが多くてですね。
一応、旦那さんは話は聞いてくれるのよ。
でも、、、
「いや、でも俺○○やからしゃーないやん」
「俺だってちゃんと○○してるもん」
ひたすらこれの繰り返し。
もう疲れちゃって
「そうやな。もうわたしが悪いんやな。
わかった、わかった」
って言ったのはつい1週間前。
それからのわたしは
旦那さんに笑えなくなった。
彼に対して無表情を向けることしかできなくて。
そしたら、、、
「元気ないけど、どないしたん?」
いやいやいや、、、
いやいやいや、、、
お前が原因だよ!このクソッタレが!
怒り狂ってやりたい気持ちを
何とか押さえたのは昨日のことです。。。
ただね
この経験
初めてじゃないんですよね。
こんな感じで何度も経験してる
https://ameblo.jp/nico3rin/entry-12452779738.html
そういえば、昔からとても疑問だった。
わたしのことが大切だ、愛してる。
そう思ってくれているなら
目の前にいるわたしが
全然幸せでないことにどうして
気付かないのだろう。
そして
自分に原因があるかもしれない
どうしてそう考えないのだろう。
旦那さんに関しては
しょっちゅう怒ってるのに
どうしてそれが紐づかないのだろう。
どーしてそーゆーところだけ
オメデタ思考なんだよwwwwwwwww
わたしのことが大切だ、愛してる。
そう言いながら、、、
どうして私のことを見ない。
どうして私のことを知ろうとしない。
それは結局
私のことを大事じゃないってことなのでは…?
ここで改めて昔を振り返ってみた。
親に初めて非行を咎められた時
「学校がしんどいの?」「何か辛いことがあるの?」
そーゆー心配は皆無だった。
“こんなにちゃんと育ててやったのにあなたはそれを裏切った!”
そんな怒りでわたしをみていた。
大人なんてゴミだ
心底そう思った瞬間だった。
それからも定期的にわたしの非行は続き
父親からも
「こっちはちゃんと育てたのになんで…」
と、言われたことがある。
父親との食事の時間は
必ず父親が怒りだして
わたしと弟のどちらかが泣いていた。
わたしと弟が家の中でこんなに苦しい顔をしてることにどうして気付かないのか甚だ疑問だった。
どうやったら相手を見ることができるようになるんだろうか?
そこで思い浮かんだのは
わたしの父親だった。
今の父親は
昔の父親とはまるで違う人です。
今わたしは父親のことを
大好きだし尊敬してる。
その理由は、、、
父親は自分の弱さや抱えてるものをきちんと向き合える人だとわかったから
母が亡くなって以降
正社員にもならずフラフラと転職を繰り返すわたしと
大学を辞めてひきこもってる弟に対して
父親の当たりは強かった。
父親は高校卒業後、大企業に入社して
ずっとその会社にいる。
早々と自立した人だった。
だから
私や弟のような存在は理解できなかったのだ。
深夜にどなり声が響くことも
日常茶飯事だった。
そんな状況で
家を出ることを決意したわたし。
それでも怒号が響く日々は変わらなかった。
ところがある日、、、
「もう絶対に大声で怒鳴ったりしない。ごめんな」
そうわたしに言ってきたのだ。
「あ、そうなん。ふーん」と
返事をした記憶がある。
そのつぎの日から
確かに怒鳴り声はなくなった。
後日、わたしにある紙を出してきた。
それは弟が精神科を受診した問診票だった。
そこには
父親のことが嫌いだ
一緒にいて楽しいなんて思ったことがない
そうはっきり書かれていた。
“まあ、そりゃそうだよなあ”
ぐらいにしかわたしは思わなかった。
ただ、それをわたしに見せてきたのはすごいなとは思った。
私には見せないという選択肢もあったのに…
それでも家の状況はそこまで変わらず、私はそのまま一人暮らしを始めることになった。
その後わたしは父親に積極的に連絡を取ろうとはしなかったけど…
父親からは定期的に連絡がきた。
それは私が「あっそう」と軽くあしらっても続いた。
そして私は初めて父と2人で飲みにいくことになったのだ。
その後も定期的に連絡を入れ続けてくれて
初めて父親が一人暮らしの家に遊びにきた。
その時…
「今まできつく当たって悪かった。もういつでも実家に戻ってきてくれていいから」
とても意外な言葉を父はくれた。
そして、それがきっかけで私は一人暮らしを終えて
実家に戻ること決意できたのだ。
実家に戻ってからの生活は
以前とほとんど似たような感じだった。
やることは各自でやる、みたいな。
ただ、違うのは「ただいま」「おかえり」という言葉が飛び交うようになった。
さらには「仕事忙しいんやな、お疲れさん」とか
以前の父では考えられないような言葉をかけてくれるようになった。
両家の顔合わせでは
親しい友人以外には寡黙な父が本当にたくさん喋ってくれた。
(頑張るからビールだけは頼む!と言われたので昼だけど飲み放題つけたわw)
正月終わりに会ったときは
「向こうの家族や親戚、気を遣ったやろ?」とねぎらってくれた。
以前だったら「ちゃんとやってるか?」と訝しげな顔をして聞いてきただけだったと思う。
マジで人が変わったわ!
今書いてて、人ってこんなにも変わるんだ…って改めて感激したわw
父親は私の一人暮らしや弟の引きこもりを通じて
父親自身と向き合わざるをえなかったんだと思う。
父親自身の弱いところや抱えてるものと向き合った結果…
相手の目線や気持ちで考えることができるようになったんだと思う。
さて、私自身の話をしよう。
わたしは相手を見ることができていたのかというと、、、
わたしも相手を見ることが
できてなかったwwwwwwwww
コンプレックスにとらわれすぎて自分のことしか考えることができなかったw
今も100%できてるわけではない。
分野によっては全くできていない部分もある。
でも、あの頃よりは
相手の状況や気持ちを考えるようになった。
それができるようになったきっかけは
やっぱり自分自身と丁寧に向き合い続けてるからだと思う。
ここ数年はそこに自分だけではなく、他者の目線も入れてるから。
より見えるようになってきた部分はある。
(その分、やっちまったなー、てへぺろ☆ってなる経験も増えた
過去の自分の行動に本気へこむこともある。まあ、仕方がないw)
非行を責められてつらかった私と
今、旦那さんに絶望してる(苦笑)私に言いたい。
あのね
相手と真正面から向き合うってね
その人自身が自身の弱さや抱えてるものと向き合えてないと難しいのよ。
だって相手と向き合うこと=自分と向き合うことだからね。
成熟が必須
つまりね、個人の問題なんだよね。
がっかりしたと思う。
つらいと思う。
でもね
それを簡単に“愛されてない”に結び付けないで。
正確には“100%愛されてない”と捉えるのはやめて。
そして
自分の存在価値が低い証拠だと勝手に使わないで。
幼いころわたしの周りには成熟した人はいなかった。
だからこそ今の私がいるのかもしれない。