春からの長~いシューカツ(就学活動)が、ようやく終わりました。
ryuに関わって下さる全てのDr. ST、OT、セラピストさん諸々の
ryuに対する判断は支援「学級」相当。
しかしながら、市教委の出した結論は支援「学校」判定でした。
判定の直後に、親の意向を聞かれたので
支援「学級」希望とその理由を口頭で伝えました。
すると「それでは・・・」と、支援「学級」入級の為の資料を渡されました。
結局、判定を覆す形で、ryuの支援「学級」入級が決まりました。
ryuのハンディが判って4年近く。
その当初からずっと、支援学級へ入れることを私個人の目標としてやってきました。
その目標は一応達成された訳ですが、私の思っていたのは
「支援学級判定を貰う」ことだったので、それは叶いませんでした。
煮え切らない思いのまま市教委を後にし、
先ずはママ友へメールで報告。
いつも、ryuのことを気に掛けてくれる、大切なお友達です。
自分の事の様に喜んでくれた返信メールを頂き、本当に有難く思いました。
次にダンナへメールにて報告。
「支援学級に入れることが決まった」とだけ書きました。
(判定の話はしませんでした)
すると「楽しい小学校生活になるといいね!」との返信が。
このメールで、若干沈んでいた私の心がハッとしました。
本当にその通り!!
正直、判定に対して思うことはありますが
それは「この街にはこの街の判定基準があるんだ」と割り切ることにしました。
ryuが私たち家族の元にやって来てくれて6年。
それと同じだけの期間を過ごすことになる小学校。
今は想像も付かないような、本当に色々なことが待ち受けているとは思いますが
私は無職だし、そこに思いっきり身を投じようと思います。
さてこれから、後輩ママにこの経緯を話す機会がちょくちょく出てくると思いますが
「親の意向が必ず通る」とは、無責任に言えないな、と感じています。
というのも、OTに「園での生活がきちんとできているから、判定を覆せたんだと思いますよ。」
と言われたから。
確かにそうかもしれません。
どうして覆せたのか、市教委に突っ込んで聞くことはしませんでしたから。
聞けない位、私の心は疲弊していたみたいです。
でももう終わったから、それだけでOK!!!
ryuに関わって下さる全てのDr. ST、OT、セラピストさん諸々の
ryuに対する判断は支援「学級」相当。
しかしながら、市教委の出した結論は支援「学校」判定でした。
判定の直後に、親の意向を聞かれたので
支援「学級」希望とその理由を口頭で伝えました。
すると「それでは・・・」と、支援「学級」入級の為の資料を渡されました。
結局、判定を覆す形で、ryuの支援「学級」入級が決まりました。
ryuのハンディが判って4年近く。
その当初からずっと、支援学級へ入れることを私個人の目標としてやってきました。
その目標は一応達成された訳ですが、私の思っていたのは
「支援学級判定を貰う」ことだったので、それは叶いませんでした。
煮え切らない思いのまま市教委を後にし、
先ずはママ友へメールで報告。
いつも、ryuのことを気に掛けてくれる、大切なお友達です。
自分の事の様に喜んでくれた返信メールを頂き、本当に有難く思いました。
次にダンナへメールにて報告。
「支援学級に入れることが決まった」とだけ書きました。
(判定の話はしませんでした)
すると「楽しい小学校生活になるといいね!」との返信が。
このメールで、若干沈んでいた私の心がハッとしました。
本当にその通り!!
正直、判定に対して思うことはありますが
それは「この街にはこの街の判定基準があるんだ」と割り切ることにしました。
ryuが私たち家族の元にやって来てくれて6年。
それと同じだけの期間を過ごすことになる小学校。
今は想像も付かないような、本当に色々なことが待ち受けているとは思いますが
私は無職だし、そこに思いっきり身を投じようと思います。
さてこれから、後輩ママにこの経緯を話す機会がちょくちょく出てくると思いますが
「親の意向が必ず通る」とは、無責任に言えないな、と感じています。
というのも、OTに「園での生活がきちんとできているから、判定を覆せたんだと思いますよ。」
と言われたから。
確かにそうかもしれません。
どうして覆せたのか、市教委に突っ込んで聞くことはしませんでしたから。
聞けない位、私の心は疲弊していたみたいです。
でももう終わったから、それだけでOK!!!