3月は別れの季節だ。桜が点々と咲き始めている。
私がお世話になった先輩たちも卒業していった。
私は送別会があるたびにいつも思うことがある。
別れとは意外とあっさりしているものだと。
送別会が終わるとみんなそれぞれの家へと帰っていく。
「今までありがとうございました!」
「またいつか会いましょう!」
「さようなら!」
そう言って見送る先輩たちの背中は一瞬で、曲がり角があるものなら一瞬で見えなくなってしまう。
初めて出会ったときなんて、
お互いを知るために長い時間をかけていくくせに、
別れのために準備する期間とはその1日だけだったりもする。
いや、もしかしたら卒業式の前日までは出会ったときの延長で、
お互いを知る期間なのかもしれない。
そう考えると、今まで頑張ってお互いを理解してきたのに、
あっさりと卒業式という最終日にその過程を白紙に戻して旅立っていくようだ。
もちろん今までの過程は無駄ではないし、これからも会う可能性は十分にあるのだが、
卒業式を終えて帰っていく人たちを見ているときだけは、そんな気がしてしまう。
そして、息を吐く暇もなく迎える4月は、まさしく出会いの季節だ。
桜は至る所で満開になっている。
私は今から、またお互いを知るための日々を過ごしていくことになる。
もちろんそれは卒業していった人たちも同じで、
SNSを見ると新しく出会った友達と飲みにいっている写真なんかが溢れかえる。
本当に別れとはあっさりだと思わされる。
まるで第一章を終えた小説のように、新しいスタートをきる。
今頃私も第5章くらいを切り始めたのだろうか。
桜の押し花は私たちの人生にしおりとして挟み込まれていく。
一章が終わるごとにそのしおりは前の章から持ってきて挟みなおされる。
二つ前の章と三つ前の章なんて、記憶の中ではもう一つになっていく。
そうやって時間をかけて、最終章の終わりにしおりが移動するとき、
初めて人生という小説が一つのものとして混じり合っていくのだろうか。