最近の隣国の政治家などによる内政干渉にはかなり腹が立つ。
詳細はここでは言わないが、この21世紀に情報操作や言論弾圧をしている国には関わって欲しくない。
小学生の頃、日中友好のイベントの一つとして、オイラの町にパンダがやってきた。
福岡市と中国の広州市が姉妹都市の関係にあったからだ。
動物園で初めてパンダを見た時のことは今でも憶えているし、素直に喜んだものだ。
翌年、そのお礼のための広州市訪問使節団の一員として、広州と香港へ行った。
トランペットを持っての演奏旅行だった。
現地ではたくさんのイベントがあり、現地学校との交流もあった。
自由時間には同じ学年の中国の子供達と外で遊んだ。
もちろん言葉は全く通じないが、オイラは仲良くなった男の子と二人で時間を忘れて遊んだ。
集合時間になっても、その子と二人で池のボートに乗り込もうとしていて怒られた。
今でも二人で肩を組んで笑って写った写真を持っている。
大人になったあの子も反日運動なんかに参加しているのだろうか?
その時の添乗員が、現地では外国の言葉を話して仕事をする姿に憧れた。
後に某欧州系の航空会社に勤めたオイラが、その人と仕事上の取引きをすることになるとは
当時は夢にも思わなかったが・・・・。
十代の頃、少しの間アメリカにいたことがある。
ド田舎なので、外国人を見かけることは殆どない。
そんな中、ある知人の紹介で隣町に住む中国人一家と知り合いになった。
単身で海外にいるオイラの気持ちがよく分かってくれたようで、自宅に招いてくれた。
彼らは故郷の政治がどれだけ腐っているかを細かく話してくれた。
そんな将来のない国からは出て行こうと決めて、東南アジアの架橋として暮らしていたらしい。
その後、医者として成功してアメリカに移住したそうだ。
当時は政治のことはよく分からなかったが、日本から遠い外国の地で同じアジア人と仲良く話しが
できたのが大変嬉しかった。しかも、中国式の食事する時に周りの人たちに箸の使い方を教えてあげる
必要がなかったのは久しぶりのことだった。
個人、民間レベルでは特別に嫌な中国人には出会ったことがない。
そう言えば、先日バンド仲間が連れてきた外国の人も香港出身の頑張り屋のいい人だった。
最近の悪い状況は何とかならないものかなぁ、といろいろ考える今日この頃。
でも残念ながら難しいだろうな。