すみません、またまた放置状態になっていました汗
Sympo本番に向けて、事前資料作りに心を苛まれているハチヤです。
日外分科会スタッフ4人、
「載せたい資料がありすぎて、おさまりきらない!!」
と、莫大なデータを泣く泣く削っている今日この頃、
資料の完成、楽しみにしていてください♪
ということで、今日は何をここに書きたかったのかというと……。
直接私たちの分科会には関係ないのですが、
先ほどニュースでやっていて、ふといろいろ考えさせられたので
「捕鯨問題」について書きたいと思います。
http://backnumber.dailynews.yahoo.co.jp/?b=29&t=d&d=20071125
ということで、オーストラリアで11年ぶりに政権交代があったことはご承知のとおりなのですが、オーストラリアといえば、代表的な捕鯨反対国、ということで、ついでに(?)捕鯨問題がまたちょっと浮上してきたそうです。
日本の捕鯨船をオーストラリアのスイミングスーツを着衣した若者たちが泳いでおいかけていって、追い返されて浜辺に泣き崩れるシーン……ニュースで流れていて、すごくショッキングでした。
というのも、「捕鯨問題」って、日本で暮らしている私たちにとって、そこまで意識する問題ではないですよね??
って、もちろん、人それぞれだとは思いますが、
私の周りでは、「捕鯨問題……うーん、や、別に正直、どうでもいい……^^;」という反応をする方が多いです。私も正直、数年前までは「捕鯨問題は過去のこと」とすら考えていました。
が、まだまだ生きているんですよね、捕鯨問題。
私がそれを最初に意識させられたのは、ニュージーへの留学時代のことでした。
初対面の同世代の女の子に、自分が日本人であることを告げた時、
「あなたも鯨を食べるの?」
と、聞かれました。
正直、聞き間違えかと思いました。
だって、いきなり、鯨食べるかって聞かれるなんて!?
でも、その子にとっては、
「日本人=鯨を食べる種族」
だったんですね。
その後、日本で通っていた英会話学校でも英国人の先生が、授業のトピックで捕鯨問題をあげていました。それでBBCのサイトで調べてみたところ、結構、捕鯨の記事が出てきてびっくりなんかして……。
日本では大して騒がれない「捕鯨」という問題が、一歩世界に出てみると、それなりの問題になっている。
「問題をどの角度から見るのか」、「視点」の重要さに気づかされた問題でした。
NZでは、先住民のマオリ族が鯨を神聖視しているという文化がある(マオリ族は、鯨にのってNZにやってきたという言い伝えがあるので)という独特な立場から捕鯨に反対している部分もありますが、オーストラリア(NZも)としては、大切な観光資源である鯨を捕られたくない、またはただ純粋に動物愛護精神から、という側面から捕鯨に反対しています。
一方、日本(一部の)は捕鯨商業の保護、伝統文化の保護、「動物愛護というが、それが鯨に適用されるのであれば、他のすべての動物(家畜など)にも適応されるのではないか」という反論、「鯨が増えすぎると生態系が乱れる」「鯨を科学的に解剖するため」という理由から、捕鯨文化を支持しています。
ただ、私が「捕鯨問題」でいちばん注目しているのは、「文化を共有できるか否か」の問題です。というのも、多くの反捕鯨国は、まず、「鯨を食べようとする感覚が理解できない、Strangeだ。」といっていて、そこが捕鯨反対の基盤になっているのです。
上記の宗教的理由、倫理的理由、経済的理由から反対を受けるのは当然です。ただ、「わからないから」といって批判を受ける。それは、ちょっと寂しい気がするのは私だけでしょうか。
もちろん、「わからないもの」はわかりません。私だって、「グリーンランドでは腐ったアザラシを食べるんだよ」と言われた時は、「わかりません」でした。ただ、そういう「わからない気持ち」を批判の基盤にすることは、差別に繋がるのではないでしょうか。
大分話はずれますが、「認識が共有できないこと」は、「歴史問題」などの外交問題にも関わってきます。そして、この「認識」や「文化」などというものは、人々の「育った環境」によって左右されるもので、努力や意志で「完璧に共有」することはできないものでしょう。
ただ、だからといって、理解しようとする姿勢を投げ捨ててはいけない気がします。
「相互理解」という言葉が使われるようになってずいぶん経つと思いますが、この言葉を「所詮、不可能だよ」と、馬鹿になさる方もいます。ただ、私はそこまで悲観的にならなくてもよいのかな、と思う今日この頃です。コンストラクティヴィズムの視点から見ても、やっぱり「相互理解」は大切な分野。「完璧な共有」はできずとも、「自分とは違う文化」を許容する心を持つことは、長期的な視野でみると外交でも大切になってくるのではないかなぁ。
「文化」という、外交には必ずしも直結しない問題。
ただ、「文化」が国家をつくる一要素であることは否定できません。
事実、「捕鯨問題」が外交カードになりうることもあることを考えると、
(日本は「捕鯨問題」において国際社会から孤立化しつつあるので)
この「文化」という側面、日本外交を考える上でも忘れてはいけない気がします。
とはいえ、私は捕鯨はわりと反対派なんですけどね^^;
そもそも捕鯨は、食糧不足を補うための鯨肉のためだったわけだし。
今は別に食糧不足じゃないわけだし。
私自身、鯨を食べたことはないけれど、特に困っていないし笑、
鯨漁師さんは、他の種類の魚を釣る漁師さんい移行すればよいのではないのでしょうか。
そこまで受容のない鯨のために、他国を刺激してまでも捕鯨を推し通す必要はあるのかどうか……。
本格的な勉強はしていないので、
たぶん、捕鯨擁護派にはもっときちんとした言い分があるのだとは思いますが、
個人的には、捕鯨は反対です。
最後にもっと関係ない話。。。
今年の「サンタクロース選手権」では、オーストラリア出身のサンタさんが優勝したそうです笑
トナカイそり引きレース、煙突のぼりレース、オートミールの早食い(なんで!?笑)……。
様々なレースののち、総合優勝を果たしたちょっと若い彼。。。
オーストラリア出身……。
えっ、オーストラリア、これから夏だけど!?笑
南半球では、アロハシャツでサーフボードを片手にした波乗りサンタさんに出会えます笑
うーん、クリスマスかぁ。
まあ、クリスマスよりも今年の冬でいちばん熱いのは、
21日~23日のSympoの日本外交分科会ですけどね♪ なんちゃって。
ではでは、資料作りに戻りますー。