この手の話は、嫌いな人は嫌いでしょうし、考える人はどこまでも考えるんだろうと言うネタですが。

「政治」って、突き詰めて行くと「何人の為に何人を殺すのか」みたいな所に行き着いてしまうと思うんですね。
菅総理は「最小不幸社会」と言ってましたが。
100人の人がいて、100人全員が「望む通りに全てが上手く行く」なんて事は無い訳で。
であれば、最低限「どこかで手を打たない」といけない。
その線引きが、どこか。
そんなお話。


例えば、「100人の為に50人を殺す」と言うと、「そんなのダメだ」「人命は地球より重いんだ」と仰られる方がおられます。
でも、その50人の犠牲の上で、「自分が殺される側の50人にならず、自分の命(や財産)が守られる側」となったら?
その50人の犠牲が無かったら、自分の命(や財産)が危ない、危険にさらされる、安全を保証されない。なんて状況だったら?
犠牲になる50人に、面と向かって「死んでくれ」と言える?

じゃあ、人数の比率がもっと極端だったら?
「10億人の為に、1人が死ぬ」だったら?
「これは仕方が無い」と思います?
10億を助ける為に、1人の犠牲は仕方が無いと?
だとしたら、10億に対して2人は?
10人だったら?
100人は?
1000人は?

更に。
自分がその「犠牲になる側」だったとしたら?
そりゃ、誰だって死にたくはないでしょう。
福島の原発事故の海水注入時の、東京消防庁のハイパーレスキューの隊長さんでしたか?
任務後に涙ながらに記者会見していたのを御記憶の方もいらっしゃるでしょう。
「あの人は、そう言う仕事だから」と言いますか?
ハリウッド的な、「冴えないオジサン」や「普通の主婦」が、命をかけた世界を救うような活躍をする(最悪、命を落とす)と言う筋立てだったら?
自分の家族を守る為だったら?
どんな事があっても、絶対に拒否します?
それとも、命を賭して頑張ります?
「賭ける」までは良いけど、その結果は「まず間違いなく命を落とす」だったら?


ここまでは「あくまで個人のスタンスで」でしたが。
これが、指示を出す側だったとしたら?
例え、「そんな立場にならないし、なる気も無い」と思ってたとしても。
何かしらの組織やグループに所属していれば、後輩や部下が出来てしまう訳で。
その時、「何をどう言うのか」を考えておいて、損はないでしょう。
考えるだけなら、タダですし。

言うのは、ある意味簡単(ホントは簡単じゃないと思うんですが、感情を押し殺したり、自分の事「だけ」を考えてれば、簡単と言える人もいるでしょう)ですが。
その事を直接本人に言う、もしくは最高責任者として、社会に発表した時。
遺族や世論が、好き勝手な事を言って来るでしょう。
それに耐えられます?



今の現状、日本と言う国は、「殺す」とまでは言わないまでも、何某かの「負担して貰う」事は必須な状況です。
それが「年金支給開始70歳」を始め、最近の増税議論なんですね。
「震災復興」と言う大義名分はありますが。
震災復興以前に、「日本の借金が」って、何年も前から様々な新聞やTVに取り上げられてます。
コレを何とかしないと、遠からずギリシャやユーロ圏のような痛い目を見る事になる訳ですから。

長期的に見れば、「増税増税また増税、またまた増税また増税(「権藤権藤雨権藤」のフシで)」なのは当然。
「高負担・中福祉」か「中負担・低福祉」の2択、と言っている人もおられますし。
「高負担・低福祉」だけは、なんとか避けて欲しいと思いますが…その可能性も、否定は出来ないですから。
その時に、文句を言うだけなら誰にでも出来ます。
自分の責任や義務を極力負わず、権利だけを主張するスタンスは、「あまりに無責任」と言わざるを得ません。


どこでどう「線引き」をするのか。
その背景に何があるのか。
そこを考えて、物事に当たる必要があると思うんです。
結局、結論とか真意は、昨日のお話と言うか、いつも言ってる事と変わらないんですがねww