ここの所、義援金の総額等のニュースを聞いていないので、日本国内からいくら集まって、海外からいくら集まっているのかは知らないのですが。
日本赤十字のHPで調べて見た所、5月11日時点で1819億6508万4776円だそうです。
日本赤十字以外への義援金もあるでしょうから、総額と言う意味では不明ではありますが、少なくとも1800億円以上の義援金が集まっているとの事です。

ゴールデンウィーク前後から各種イベントも開催されるようになり、芸能関連とスポーツ関連での義援金やチャリティーのニュースを多く見た気がします。
「メディアに露出してナンボ」と言う業界ですから、当然と言えば当然なんですがw


で、本題。
皆さん、ワリと頑張って義援金をお送り頂いている様ですが。
同じ額を、「税金」として徴収されたとしたら、どうなんでしょう?
もちろん額の大小はあるので、一概に言うのもどうかと思うんですが、大抵の方は「それはちょっと…」「なんで税金やねん!」と思われるのではないでしょうか。

出す金額は全く同じなのに、何故そう思われるのか。
あくまで私見ですが、「税金の使われ方の不透明感」に尽きるのではないかと思っています。
当然、「自主的な寄付」と「強制力を持って徴収される」と言う、心理的な圧力の差もあると思うんですが。
その心理的圧力の差も、根っことしては「使われ方の不透明感」に行き着くかなぁ、と。

税金の使われ方は、民主党の目玉政策「事業仕分け」でも様々なアプローチがありましたし、今日公開された原子力安全委員会の会合の内容(福島第一が爆発したとか電源が、なんて時点でも会合自体は30分程度だったとか)を勘案しても、そうでなくても元々言われていた外郭団体の多さ、天下り等々の問題が山積している訳で。
これらに、真っ当な「費用対効果」を提示して、根本から解決してもらわない事には、「税金を払いたくない」と思うのも当然。
もちろん、自分もそう思いますし。

ただ、社会保障とか、削るに削れない部分があるのも、また事実。
昔、病院の自己負担が本人2割(家族1割)とか、一律3割とかの時に散々揉めた(世論の反発が凄かった)のは覚えています。
これで、また医療費の自己負担増とか年金の減額なんて選択は御高齢の方々には大変厳しい事は理解していますが。
そして、国庫が今すぐ破綻する程の財政出動をしたとしても、被災地の「完全復興」には足りないであろう事も、想像に難くないんですが。

この辺り、「政治不信」「国家不信」「行政不信」と言う、中曽根首相以後ですかね?
高度経済成長の真っただ中、「日本」と言う国の行く末に希望ばかり。
国家も企業も個人も、基本的には拡大路線だった時代。

バブル崩壊で路線自体の基幹と言うか立脚点が崩壊したのに、そのケア(処理)もイマイチ、路線転換もイマイチ、何とな~く全ての事を先送りにして、その場の責任逃れに終始した結果が、「今」なんですよね。

これらについて、様々な面で是非はあります。あるハズです。
立場や考え方が違えば、物の見方や捉え方が絶対に違うハズですから。
全く同じなんて、中国や北朝鮮でもありませんよ。
よっぽど強力なカリスマの独裁政権があれば、まぁ有り得るかも知れませんが。


ちょっと本筋から外れてしまいましたが。
よく言う事ですが「済んだ事をウダウダ言っても仕様が無い(死んだ子の年を数えても仕方が無い)」。
もちろん、過去の経験から教訓を得て、未来に活かす事は必要ですが。
ただ、「過去の教訓」が「教訓」のレベルにとどまらず、束縛とか呪いの域まで達してしまっている気もしてしまう訳で。
それらを打破するには、それこそ強烈な、稀代のカリスマが(無理にでも)引っ張って行くか、今年年初の中東のように、民衆が声を上げて行くしかないのではないか?と。

少なくとも、民意は「義援金」と言う形で被災地に対するケアに気持ちが向いていると言うのが現実だと思うので。
このモーメントが無駄になったり空回りせず、日本と言う国が良くなる為に生きてくれれば、最高なんですが。
その一助と言うか、一端の片隅でも担えれば、と思いつつ。