先日、某お寺の御住職とお話する機会がありました。

最近の若い方は、「血の縁」「地の縁」と言う、「古来、日本の文化の土台となった事象」に対して、どうしても「煙たい」「面倒臭い」と、「血の縁」「地の縁」と言った関係を放棄してしまう方が多いようです。

これは「都会にそう言う人が多い」と言う側面で捉えられがちですが、逆に「そう言うのがイヤで都会に出て行く」と言う人が少なくないと言う側面もあり、当然「地方の方々はそういう関係を厭わない」からこそ、「地方にはそう言う関係が残っている」とも言えるので、どこからの視点で見るのか、どこを切り口にするのかによってかなり意味合いが違って来ると思うんですが。

で、そう言う「血の縁」「地の縁」が希薄になって来ている現状に対して、「葬儀(葬式)」と言う、「人生において有数の大イベント」と言うか、「人生の大きな節目」に対しての知識が無い方々が増えている、と言うのが御住職の御意見。

たまに、テレビで
亡くなられました
→バタバタと葬儀が執り行われました
→葬儀後に葬儀会社から二百万~五百万請求されました
→払えないと言ったら、いきなり百万単位で値引きされた
→「葬儀代」が不透明過ぎる
なんて企画を見かける事もあるかと思います。

これに対して、現在は「明朗会計」「一つ一つの金額がハッキリ出ているので、不透明な部分は無い」と謳う葬儀会社が少なくないと言う事です。
ですが、御住職曰く「これがクセモノ」だとか。

最大の理由は「一つ一つの値段は明確に出ているが、『その値段が適正かどうか』の検証がなされていない」から。また、「このオプションを付ける方が多いですね」「このクラスの祭壇と棺桶と御花でないと、見栄えがしないですよ」と、「相場を知らない」事をつけ込まれる形での「お勧め」に遭い、結局不透明な「葬儀一式」と、ほぼ同額かそれ以上の金額になってしまう事も少なくないとか。
これは、あくまで「御住職の主観(実感)」なので、「一般論」では無いです。
ただ、主観とは言え「そう言うケースがとても多い」と言うのが御意見でした。

昔からの「血の縁」「地の縁」を保っていれば、本当に残念な事ではありますが、数年に一度くらい、御近所や御親戚から旅立たれてしまう方がいらっしゃるかとは思います。
その時の経験が、近しい人達の間で共有される事で、「自分の時はこうだった」「ここがこうで良かった/悪かった」「こうするとこうだったから、ああした方が良いんじゃないか」と言う話が聞けたり、力添えが頂けたり、シミュレーションが出来たりと言う点で、「血の縁」「地の縁」を大事にしておいた方が良いと思う、と。

また、最近は「お墓を立てない」方も増えつつあるようで、散骨等をするかどうかはともかく、「○○家の墓」と言う物に関わらない方が多いのだとか。
そして、「お墓を立てない方の御遺族は、葬儀後三年以内にスピリチュアルとか新興宗教とかにハマる事が多い」との事でした。
あくまで御住職の主観(実感)ではありますが。

「『記号』としてのお墓」と言う物は、普段我々が思っている以上に影響が大きいと言うか、心の奥深くまで染み込んでいると言うか、魂に刻まれているようです。

決して、新興宗教自体を云々言う気は無いんですが・・・・御住職曰く「我々より、よっぽど『先祖の供養が』とか『戒律を守るべき』とか言いますね」との事。そして御布施としてガッツリ回収。

「宗教」自体が、「集金システム」としての側面を持ってしまった過去がある事は、どの宗教でも否定は出来ないと思うんです。いや、自分が全ての宗教の勉強をした訳ではないですが、歴史として、と言う意味では間違い無い所だと思うんです。キリスト教の免罪符然り。仏教の関係者は否定するかもしれませんが、そこから派生する様々な新興宗教の基本理念/思想に利用されている事を考えると、その新興宗教も「仏教の一側面」と言わざるを得ない、とか。


ちょっと話がズレ気味になってしまいましたが、「血の縁」「地の縁」を大事にする事で、自分では経験した事の無い、未知の事にも対応する事が不可能ではない、と言う事でした。
御住職曰く、金額が明瞭では無いとしても(むしろ明確ではないからこそ)、縁のある葬儀屋さんに「この金額で全部やってくれ」と依頼すると言うのが、一番確実。そして、その「縁のある葬儀屋」は、基本的に「血の縁」「地の縁」でしか作れないモノ。最近は何でも「インターネットで調べて」「すぐに通販」と言う風潮が強く、それで済む物は良いんですが、それが全て、現在の高度情報化社会がベスト、と言う考え方は如何なモノか、と。



あくまで「某お寺の御住職から聞いたお話」であり、個人的に思う所があったのでブログに書きましたが、一概に「じゃあ、今度からそうします」と言える事でもないですし、それぞれ家庭の事情とか個人の思いがある事なので、結論は読んで下さった皆様個人個人にお任せします。