あたって砕けろEpisode 1 | 不動産屋と保険代理店オヤジの徒然日記

不動産屋と保険代理店オヤジの徒然日記

有限会社ナイス・プランは札幌で、不動産業全般(売買、賃貸、管理、投資物件等)、と外資系生命保険(アフラック)の代理店と併せて、AFPによるファイナンシャル相談(相続、資産運用等)を,日々承っています。

 今で言う「告る」って生涯の中で誰でも一度は経験あると思いますが

私が生まれて初めて告ったのは中学1年生のときでした。


 小学校のときから私は顔が不細工だったため

あだ名が「ゴリラ」「いかりや長介」「したくちびる」などと言われバカにされていました。

今で言う「いじめられっ子」でしたね。

「いじめられっ子」の習性として

自分が皆にいじめられていることを認めたくないため

自分に対して浴びせられている言葉に怒ることをせず

無理に笑ったりしていました、今思えば単に卑屈に笑っていただけでした。

フォークダンスとかで女子と手をつなぐとき

次の女子が露骨に嫌な顔をしているのも

無理に気にしないふりをしたりして

クラスで公園に行き、レクリェーションのゲームで「ハンカチ落とし」をしたら

なんどやっても自分の所には絶対ハンカチは落ちない

「花いちもんめ」では絶対自分は指名されない・・・・・・・


 この歳になって、こんなことがハッキリ思い出せるって(そんな自分がメッチャ嫌)

やっぱり嫌な思い出っていつまでも消えないんですね


 一方、私も誰かを傷つけたことがあって

自分ではさほどハッキリは覚えていないことが

言われた側には大きな傷としていまだに残っていることを聞いたこともあります。


 今でもちょっとした言葉で人を傷つけていることもあって

その人の欠点でその場の笑いを取ろうとする

そこが、自分で一番嫌いな自分の性格です。



 で、そんな卑屈な小学校生活を送っていた私が

中学校でサッカー部に入って運動を始め

得意としていた絵を描くことで、美術の先生に褒められたりして

自分の中で少しずつでは有るが自信がついてきました。

当時、クラスで頭は悪かったけど、笑いを取ることが出来るようになったのも

変な意味で自身に繋がったのかもしれません。


 そんな自分が、これまでは女の子を好きにはなっても

到底、思いを伝えるなんてことは夢のまた夢であって、絶対ありえないことが

当時、部活をやっていた男友達と3人で、それぞれ好きな子に「告る」ことになりました。

結論から言えば3人とも撃沈で終わったわけですが・・・・・・・


 ある日、放課後に私の好きな子の友達にたのんでその子を呼び出してもらい

男3人と女の子2人、計5人が集まった中で

私が○○○○さんに生まれて初めて思いを告げました。


その子は、頭が良くて、誰にでも優しくて、クラスの代表もするくらい

人望のある女の子でしたね。


 「告る」とは言っても、思いを告げる事に意味があって

一種の肝試し的なゲームな訳で、その後に恋愛に発展するなんて類のものではありません。


 しかし人一倍思い込みの激しい私ですから

一旦、相手に思いを告げてしまえば堰を切ったごとく

デートには誘うは(当然断られましたよ)

ラブレターは書くは(メッチャきったね~字で)・・・・・・・まっく反応無し・・・・・

いままで女子に対して鬱積していた思いが一気に爆発したというか

相手の反応なんてぜんぜん無視で一方通行のアプローチをするわするわ・・・・・


 その後は、な~~~~~んにも変化無く、あえなくフェードアウトするだけでした・・・・




 何年か前に、中学卒業25周年で同窓会を私が企画し、盛大に行ったのですが

もしかしたら、その子に逢えるかも・・・・・・・・なんて甘い考え、無残にも砕け散り

その子は・・・・と言うより、その人は欠席・・・・・・・・・・残念!


 数日後、当時彼女を呼び出してもらった友達の子がやっている喫茶店に

「今日○○が店に来るから○○君も来たら逢えるかもよ」なんてメールが来たけど

いざとなると、ちょっと勇気がいって、結局行かずに終わっちゃった。

よく言う、初恋の人には大人になってから逢わないほうがいい・・・・ってのもあって


 (人のこと言える自分じゃないけどね・・・・・)




今思えば、これが私の無謀とも言える「あたって砕けろ」人生の始まりだったのかも


いまだに砕けてばかりで、砕いた事はありません・・・・・・・・・・・情けない・・・・・ショボンo(_ _*)o