おはようございます。
こちらは綺麗な青空の気持ちいい朝です。
あなたは気持ちよく朝を迎えられていますか。

今朝、私の手元に届いたメルマガで
『源氏物語』を取り上げている記事がありました。

皆様もご存知の有名なお話ですね。

光源氏という一人の男性の
恋愛話を綴った物語です。
光源氏のお父さんは天皇です。
天皇は、光源氏のお母さんである
桐壺の更衣を寵愛して光源氏を身ごもりましたが
天皇の寵愛を一心に受けていた桐壺は
周囲の女性たちの嫉妬を受けたため
病んで早死にしてしまいます。
当時3歳立った光源氏は相当ショックだったようで
生涯、母の面影をもった女性を求めていましたが
お父さんも同じように
幽霊でいいから桐壺に会いたいと思いを募らせます。

残された男性の心証風景を写し出すものとして
台風の到来があり
桐壺を一層思い出してしまう。
台風の襲来は
美しい夏が終わり、冬がやってくることの象徴。
つまり、人生においても
美しい季節(若さ、恋)が終わり
老いて行く無情さを表している。
と、そのメルマガでは解説していました。

自分に置き換えると
恋して結婚する頃が
人生で一番絶頂ってことかな?って考えました。

私はそうじゃないと思いたい、と思いました。

平安時代は平均寿命がそれこそ
30歳位でしたから
20前に結婚して、子供を産んで、
すぐ死ぬって感じだったんでしょうね。

現代日本では、平均寿命は85歳。
25歳くらいで結婚して、孫まで見られて
平安時代とは格段に恵まれた時代を生きている。

なのに価値観はいまだに
結婚したらおわり、
40すぎたらおわり
という価値観が多い気がします。
病気になったり怪我をしてすぐに
『年のせいだから』と嘆く。

そこに原因を求めたがる。

確かに体力が落ちるから、そうとも言えるでしょう。
でも若い頃だって
疲れていたり、たくさんのことをする必要があって
注意散漫になっていたり
免疫力が落ちることもたくさんあったはずなのに
年のせいにしていない。

年のせいにしすぎ。
そして

人生の絶頂(25歳)から
死(85歳)までの60年間を
(年だから)
恋もしてはいけないし
(年だから)
自分を犠牲にすることを周りから強制される
(年だから)
失敗してはいけない
だから

失敗したらおしまい

みたいな閉塞感があるのではないでしょうか。

もちろん、これは私個人の考えかもしれません。

ここ数日、
TOKIOの山口くんに関する報道がたくさんあり
なかには芸能界引退、TOKIO脱退が当たり前
というものすごく厳しい意見もありました。
私がファンだから、とかではなく
彼がアルコール依存であるならそれを治すことが
まずは一番の償いで
彼ができることをいかして
世の中に還元していくことが
一番の償いだとおもうのです。

未成年に手をだしてしまうということは
性癖もありますが
女性と対等に付き合うための
考え方やコミュニケーションスキルがない
こととも思います。
(セクハラする男性は、
一人前の女性と対等に付き合えないんですよね。
考えかたが既に違うから。
女性は支配できるものと思い込んでいる。
またずっと、それが当たり前の世界で生きていて
常識になっている。)

どうか
敗者復活ができる日本であってほしい。
失敗が許されない閉塞感は
もうやめよう。
長い人生、下り坂だけじゃない。
上り坂もある。
いつでも楽しい人生でありたい
そういう人で一杯にしたい
そして失敗しても
寛容できる社会にしていきたい。

それができるくらいの豊かさはあるはずだよ。

光源氏から山口くんに話が飛んじゃいましたが

この日本全体を包む閉塞感
失敗したらおしまいという厳しさ

今がこれを解放するターニングポイントだと
感じています。

人生85歳まで。
山あり谷ありだけど
いつも楽しく幸せに生きていいんだよ。
幸せになっちゃいけないなんてないよ。