こんばんは。
こんな時間ですが眠れなくなってしまいました。
また、私の心の底にしまって封印していたことを
思い出したからです。
高校時代、県立の高校に通っていました。
アルコール依存症の父が高校に来て
担任の先生が家族の状況を聞き出した後
「学校は家庭の問題に踏み込めない」
と冷たく言われたこと。
その後、父は失踪。
母は私の食事も洗濯もしなくなりました。
弁当屋さんでアルバイトをしていたので
そこから得られるお金と、
まかないで夜持ち帰る弁当を食べていましたが
すごく寂しかったですね。
母にとことん愛されなくて、家に居場所がなくて
すごく家に帰りたくなかった。
だから、就職してお金がある程度できたら
早いところ一人暮らししたいと思っていました。
でも、こんなこと考えなきゃいけないなんて
なんて私みじめなんだろうと
すごく悲しかったです。
高3で運よく今の職場に合格したものの
家での母との関係性に疲れて
学校を休みがちになりました。
そして、私のいない間に
学校は母に連絡を取って
私の知らない間に母は学校に呼び出されていました。
出席日数が足りないため、たとえ就職先が決まっていても
このままだと卒業させることができないと
言われたそうです。
母はその場で
「学校に行く行かないは本人の決めることなので
卒業できないのは仕方がないです。学校で判断してもらって結構です」
と言ったそうです。
これはつい数年前、母の口から聞きました。
私は世間一般的には、優等生に見られていたのに
自慢に思ってくれなかったのか、という話を
母本人にしたところ
あなたは言うほど優等生じゃない、
高校の時は学校に行かなかったよね。
それで学校に行って先生と話してきて
卒業できないなら本人の決めたことだから仕方がないって話を
したって言ってきました。
それは
高3の当時、家族の問題を誰にも相談できなくて
辛くて、おそらくうつ病になっていたと思うのだけど
母は全く私をかばいもしなかったし
向き合わなかった結果なんですけどね。
それを、たかだか18歳の子供に責任を取らせるのは
とても酷なことをしてくれたなと思います。
そして、自分の子供の良かったことより
悪かったことばかり指摘して覚えていて
本当に私のこと、愛していないのだと
痛感しました。
罪の意識すら、ないようです。
価値観が違いすぎて、理解はおそらく難しいと思う。
今でも
アルコール依存症だった父は、
お酒を飲んでいなかったときは向き合ってくれたためか
死んだ父とは糸で繋がっている感覚があるのですが
生きている母とは、まるで繋がっている感覚がない。
すごく悲しいことだけど。
今は、高校でも相談窓口の紹介くらい
してくれているのかな。
そうだといいな。
私のような子どもが傷ついて途方にくれているなんて
本当にもったいない。
幸せに生きる機会損失をしているなんて
本当にもったいない。
なぜなら、これから少ない人口で
日本社会をけん引してくれる貴重で素晴らしい存在なのだから
存分に才能を発揮できる環境を用意することが
親や先人の役目だと
私は信じています。
この話を思い出したきっかけは
インナーチャイルドが癒されたら
黒い編み上げブーツを履いた
赤いドレスの高校生くらいの女の子が
出てきたのです。
凄く鋭い目線でした。
誰も信用していないかのような。
そしてその子は
自分が好きで
自分の才能を信じていて
いつか自分の力で何かを表現して
世間に示すことができると信じています。
これから
私はその子を応援したり
癒していきます。
しかし、ここまでくるのに長い時間がかかりました。
長年のトラウマをなかったことにしていたので
このトラウマを認識するのに時間がかかった。
そしてわかっていても、あったことを認めることができなかった。
ごめんね、もう無視しないよ。
軽々しく書いちゃいけないかもしれないけど
老人性痴呆になってしまうのは
脳の機能的な問題だけでなく
今まで我慢したりなかったことにしていた
不満や悲しみや怒りが
出てしまうのではないかと思っています。
だから
好きなことをしたり
心の傷をいやすことは
自分だけでなく周りも幸せにすることができるんじゃないかと
思っています。
夜が明けたら
きっと今日も良い日になるよ。
大好きなあなたが笑顔であふれる一日になりますように。