ミカンの花が〜

ミカンの花が咲いている

 思い出の丘〜

 戦後まもなく作詞作曲され、わが学童期を共に過ごした童謡。

 我家の柑橘類は種苗業者の知人がくれた「ジャバラ種」

 「絞った果汁を焼酎に・・・最高」とは実りを待っている知人の言。

 

  

 例年より22日早い梅雨入りで、今日 晴れの国・岡山も雨

 

 雨の中のコロナ自粛でVaccine接種日程の電話を受ける 

 5月25日第一回目

 

 

 

我が家の葵

 5月15日は京都三大祭りのひとつ、葵祭の日。

 加茂神社への勅使代の乗る牛車やお供の輿、馬を双葉葵(フタバアオイ)の葉で飾る行列が初夏の京都を進む。

 葵は漢方薬・細辛の基原植物ウスバサイシンと同類で、北薬大の薬草園の林間にはオクエゾサイシンが自生していた。

 我が家の庭には、近所の山野草の愛好家から頂いたフタバアオイが定着し少しずつ広がる。

 葵祭はフタバアオイ、徳川家の紋はミツバアオイ。

 歴史を感じる日である。

 今日は知人からの依頼で、美作方面に大工の棟梁の助けを受けてミツマタを採集に行く。

 

 

翁草が代替りして咲く

 翁草が咲く

 翁草の寿命は五、六年と聞いている。

 七年前に播種した翁草の寿命が尽きる前に種子を取り播種して苗を増やしていた。

 一昨年には寿命が尽きているはずなのに大きく茂っていた。

 ところが今春、いつもの翁草は発芽せずすっかり消えてしまっていた。やっぱり寿命があるのだと。

 幸い、増やした翁草が沢山あり、知人に進呈。

 知人たちが欲しがるのは黄花の翁草。

 これも播種したものが苗になっているが、最初の黄花の親株は今春2つとも消えてしまった。寿命は四年ということになる。

 

 

 ただ、今春発芽の苗床は普通の翁草と黄花の翁草が混じって育つ(写真)。

 どうも黄花翁草を播種した苗床に、播種したことを忘れて普通の翁草を重ねて播種したらしい。

 認知症かな・・・ちょっとヤバ。

 これらも植物好きの知人達のところに嫁入りかな。

 

名前を読み込む漢詩の扇子

 

 沈陽薬科大学の袁丹教授に「漢方医薬学講義」の動画作りで確認しなければならないことがあり、関係書籍をお願いした。

 早速沢山の本を中国のネットで集めて送ってくれた。

 

 それだけで十分ありがたいことだが、その箱に中国の扇子が同封されていた。

 この扇子は魯迅記念館に行ったときに注文して作ってくれていたとのこと。

 何とその漢詩の書には、「鹿野美弘」の名前が読み込まれている。

 

 以前、富山大学和漢医薬学総合研究所に勤務した時に台湾順天堂から名前を読み込んだ漢詩が茶器を頂き、黒竜江中医薬大学の王喜軍教授からは名前を読み込んだ感謝書の掛け軸を頂いたが、中国文化の奥深さには感動するとともに、いつまでも恩師に対する感謝の気持ちを忘れない袁丹教授に感動する。

 ありがとう。袁丹教授。
 

 

 

 

山茱萸が咲く

 

 今年も山茱萸が咲いている。春になれば確実に咲く。

 左は表の通路沿いの山茱萸

 3月に分けに移住して、8年前の3月25日に漢方医薬「サンシュユ」の植栽を始めたが、生薬供給としての生産量を満たす果実が結実せず、和気での植栽を中止した。

 

 左は裏の果樹園で太子堂参道脇

       

  しかし、我が家の庭の試験樹を花の観賞用として若干の本数を残したが、表の通路も、裏の太子堂の参道脇も花咲かりである。

 そして間もなく表の通路沿い、今の山茱萸並木に沿って桜の満開が見られる。

 本当に、これで結実さえあれば・・・と思いながらも・・。
 

 

未分類

 さて、昨年9月末の急性心筋梗塞発症は「再開報告」の通りです。私の場合は下記のような経過でした。
1. 漢方寺子屋ででも「私はA(aggressive)型人間だから、ポックリの突然死型。(だから注意している)」と話していましたが、A型人間の心疾患は予想通りともいえます。
2. 9月末日、朝に研究所へ歩いている時に痺れるような胸痛。寒い時に起こり易く、寒さのためと思いこみ、暖かい部屋で安静にすると軽快しました。[実は、寒冷刺激による交感神経系の亢進→冠血管収縮]
3.  夕食後、しばらくして胸痛の発症。これは寒さでは無い。前日は誤診。急性心筋梗塞は「代謝が変わると起こる」とか。TVを見てのんびりしていた時間帯ですが、夜に起こるのも定型通りでした。
4. 富山大学を辞して半年。大学での定期健康診断から1年半の間、健康診断も受けていなかった。 自営業になったし、これからのためオーバーホールとして「人間ドックでも行くかな」と妻と話題にしていた。妻はいろいろ調べて、知人から葛西循環器脳神経外科病院を薦められ、記録していたことが「最初の幸運」。
5. そこで夜の発症で、すぐに病院に電話し、救急診療を受けられたのが「第二の幸運」、そして有能な梅本朋幸医師が当直で、速やかにステント挿入処置をしてもらえたことが「第三の幸運」。もし、翌朝まで受診を遅らせたら手遅れとのこと。こんなときは救急車で来ることと言われたが、これは二度と経験したくない。
 三度続いた幸運に感謝!!
6. 冠血管へのステント挿入は「手術」というより「処置」で、手首の動脈(脈をみる部分)からカテーテルを入れて狭窄した冠血管を風船で広げ、そこに網状のパイプ(ステント)を残置して再狭窄を防ぐ方法である。最初は救急入院だったので処置後にICU2泊だったが、二度目の処置の翌日には入浴OKであった。
7. 日々、全く自覚症状もなく、定期健康診断でも顕著な異常値がなく、普段元気で健康と思っていても「A型人間=ポックリの突然死型」には注意が要りますね。
8.  友人の知人は「日曜日にテニスをして、午後、すこし疲れて帰宅し横になって休んでそのまま帰らぬ人」とか、ネット上では大山のぶ代さんは普段から健康に注意深くしておられたのに胸痛を起こしタクシーで病院へ行き心筋梗塞の入院とか、徳光和夫さんの場合はかなり症状が激しかったとのこと。 毎年15万人が発症し30%の死亡率とすれば 私は運が良かったと思います。03年3月には西田敏行さんが、私と非常に良く似た発症と処置、経過だったようだ。西田さんはヘビースモーカーだったが、私は北海道薬科大学を退職したらストレスがなくなって自然に喫煙しなくなり、3年半は喫煙していなかったが。 
 西田さんは、「身体の変わり目だったので、丁度いいメンテナンスになったと思います。(中略)早く仕事に復帰したいと思っています。(後略)」とのこと、私もそうありたいと思います。

9.  「ご専門の漢方でも駄目でしたか?」と聞かれると辛いですが、全く自覚症状も、健康診断で顕著な異常値も認められなかった以上、防ぎきれないものはあり、謙虚に漢方医療の限界を肌で知り、ここは「救急処置での運の良さ」に感謝するしかありません。
 主治医の梅本先生に「余命は」とお尋ねしたら「別に。寿命まで」とのこと。
 ただ、生まれて今まで病気知らず、病気入院の経験の無い私にとって今回の件は精神的ダメージが大きく、体力的自信の欠如、意欲の低下、...プチウツかな….. そこで 「体力を試してみよう。もし駄目で死んだとしてもイジイジ暮らすよりはよっぽど良い」 と 心機一転のために、寒冷な北海道で4泊5日のスノーボードを楽しんできました。 とりあえず楽しむことが出来るようになりました。1ヶ月後の診察の結果次第ですが、今はOK。
 ふと小学生の頃、「人生は太く短くか、細く長くか」と議論したことを思い出しました。あの頃のは、まあ「象か、ライオンか、どちらが強いか」の議論と同レベルでしたが。

 
 教訓 : 高齢になれば万一を考えて「かかりつけの医師、薬剤師、救急の病院」を用意し、疾病についての知識を得ておくことが大切ですね。
 常に役に立つ医療情報を得て、いざという時の連絡方法をイメージしておくことは、いつの時代にも何事にも大切ですね。

←写真は 2008年10月入院中の病室で。

現在は通院のみ。定期検診と投薬。 それと今まで通りに健康生活を念頭に、うまくコントロールしてQOLを維持していきたいと思っています。

急性心筋梗塞のこと

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 さて、昨年9月末の急性心筋梗塞発症は「再開報告」の通りです。私の場合は下記のような経過でした。
1. 漢方寺子屋ででも「私はA(aggressive)型人間だから、ポックリの突然死型。(だから注意している)」と話していましたが、A型人間の心疾患は予想通りともいえます。
2. 9月末日、朝に研究所へ歩いている時に痺れるような胸痛。寒い時に起こり易く、寒さのためと思いこみ、暖かい部屋で安静にすると軽快しました。[実は、寒冷刺激による交感神経系の亢進→冠血管収縮]
3.  夕食後、しばらくして胸痛の発症。これは寒さでは無い。前日は誤診。急性心筋梗塞は「代謝が変わると起こる」とか。TVを見てのんびりしていた時間帯ですが、夜に起こるのも定型通りでした。
4. 富山大学を辞して半年。大学での定期健康診断から1年半の間、健康診断も受けていなかった。 自営業になったし、これからのためオーバーホールとして「人間ドックでも行くかな」と妻と話題にしていた。妻はいろいろ調べて、知人から葛西循環器脳神経外科病院を薦められ、記録していたことが「最初の幸運」。
5. そこで夜の発症で、すぐに病院に電話し、救急診療を受けられたのが「第二の幸運」、そして有能な梅本朋幸医師が当直で、速やかにステント挿入処置をしてもらえたことが「第三の幸運」。もし、翌朝まで受診を遅らせたら手遅れとのこと。こんなときは救急車で来ることと言われたが、これは二度と経験したくない。
 三度続いた幸運に感謝!!
6. 冠血管へのステント挿入は「手術」というより「処置」で、手首の動脈(脈をみる部分)からカテーテルを入れて狭窄した冠血管を風船で広げ、そこに網状のパイプ(ステント)を残置して再狭窄を防ぐ方法である。最初は救急入院だったので処置後にICU2泊だったが、二度目の処置の翌日には入浴OKであった。
7. 日々、全く自覚症状もなく、定期健康診断でも顕著な異常値がなく、普段元気で健康と思っていても「A型人間=ポックリの突然死型」には注意が要りますね。
8.  友人の知人は「日曜日にテニスをして、午後、すこし疲れて帰宅し横になって休んでそのまま帰らぬ人」とか、ネット上では大山のぶ代さんは普段から健康に注意深くしておられたのに胸痛を起こしタクシーで病院へ行き心筋梗塞の入院とか、
徳光和夫さんの場合はかなり症状が激しかったとのこと。 毎年15万人が発症し30%の死亡率とすれば 私は運が良かったと思います。03年3月には西田敏行さんが、私と非常に良く似た発症と処置、経過だったようだ。西田さんはヘビースモーカーだったが、私は北海道薬科大学を退職したらストレスがなくなって自然に喫煙しなくなり、3年半は喫煙していなかったが。 
 西田さんは、「身体の変わり目だったので、丁度いいメンテナンスになったと思います。(中略)早く仕事に復帰したいと思っています。(後略)」とのこと、私もそうありたいと思います。

9.  「ご専門の漢方でも駄目でしたか?」と聞かれると辛いですが、全く自覚症状も、健康診断で顕著な異常値も認められなかった以上、防ぎきれないものはあり、謙虚に漢方医療の限界を肌で知り、ここは「救急処置での運の良さ」に感謝するしかありません。
 主治医の梅本先生に「余命は」とお尋ねしたら「別に。寿命まで」とのこと。
 ただ、生まれて今まで病気知らず、病気入院の経験の無い私にとって今回の件は精神的ダメージが大きく、体力的自信の欠如、意欲の低下、...プチウツかな..... そこで 「体力を試してみよう。もし駄目で死んだとしてもイジイジ暮らすよりはよっぽど良い」 と 心機一転のために、寒冷な北海道で4泊5日のスノーボードを楽しんできました。 とりあえず楽しむことが出来るようになりました。1ヶ月後の診察の結果次第ですが、今はOK。
 ふと小学生の頃、「人生は太く短くか、細く長くか」と議論したことを思い出しました。あの頃のは、まあ「象か、ライオンか、どちらが強いか」の議論と同レベルでしたが。

 
急性心筋梗塞のこと_d0091428_13363744.jpg
 教訓 : 高齢になれば万一を考えて「かかりつけの医師、薬剤師、救急の病院」を用意し、疾病についての知識を得ておくことが大切ですね。
 常に役に立つ医療情報を得て、いざという時の連絡方法をイメージしておくことは、いつの時代にも何事にも大切ですね。

←写真は 2008年10月入院中の病室で。


現在は通院のみ。定期検診と投薬。 それと今まで通りに健康生活を念頭に、うまくコントロールしてQOLを維持していきたいと思っています。

日々のブログ記事は「ご案内」と「掲示板」の次にあります。

 

ご案内

 

鹿野美弘は岡山県和気郡和気町に住居を移し、人生最後の夢の実現に取り組むことにしました。
 ●2022年3月25日〜 渡来300年記念 山茱萸まつり
 ●薬証会(漢方研究会、漢方臨床基礎講座)
 ●地域活動「和気薬膳学校」

 

 NPO法人 薬草木を育てて地域産業と観光資源を創る会は解散し、その業務を今後は鹿野漢方研究所(2007年設立)が引継ぎます。

 鹿野漢方研究所の活動状況と和気の田舎生活の素晴らしさを紹介をして

「まだ、生きて人生の夢に取り組んでいるよ」 という元気通信にしたいと思います。

 もし、ブログが途切れたら  …「まだ生きているか」と ・・・・

メールを下さい。  感 謝!

  鹿野美弘   709-0422 和気郡和気町尺所505

e-mail address は

 (黄雲泊-鹿野)で ( kouunhaku-kano@eagle.ocn.ne.jp )です。

 

 

薬証会・掲示版

 

薬証会は医療関係者(医師、薬剤師、看護師)に限定した漢方臨床基礎講座。

薬証会の歴史

 主宰者: 鹿野美弘 
 設 立: 昭和 52 (1977) 年4月 
 目 的: 漢方医薬学の思想、知識、診断・治療法と最新の知見などを学び、交流する。
 設立時は医療用漢方エキス製剤は拡大収載される以前(41処方)であった。そのため漢方医薬学に関心を持つ人はまだ限られていたが、月1回、「薬証会」と名付けて北海道薬剤師会館(札幌市平岸)に集まって勉強し交流した。
  医療用漢方エキス製剤の薬価収載により、全国的に医師、薬剤師を対象に漢方基礎講座(1回2時間、2ヶ月間隔で2年間、11~13回シリーズ)を万有製薬やカネボウ薬品(現クラシエ薬品)の後援で行った。

 札幌はシリーズを5回、釧路(2回)、函館、仙台、岡崎、岐阜、名古屋(2回)、以下はシリーズとしては1回 : 苫小牧、旭川、室蘭、気仙沼、石巻、盛岡、山形、福島、郡山、秋田、釜石、新潟、東京多摩、金沢、富山、高岡、静岡、沼津、京都、奈良、吹田、大阪梅田、東大阪、大阪(生薬業界)、堺、和歌山、神戸、岡山、倉敷、福山、廣島、呉、松江、米子、島根、小倉、博多、久留米、熊本、長崎、高松、新居浜、高知(2回)、徳島など11回シリーズは50数ヶ都市以上になり、釜石市は37回に及ぶシリーズ+α回、函館では1シリーズ24時間に対して2倍の48時間での基礎講座を行う。

 隠棲した岡山和気では、地域貢献として自宅で寺子屋薬証会を開き、40余名(臨床医35、薬剤師6)の先生方に参加頂いたが、18ヶ月間、毎月1回になった。

 少人数制の「寺子屋」の最初は札幌で、1978年に近在の調剤薬局関係者の要望で、鹿野宅の食卓を囲み、漢方寺子屋と称して基礎講座を開いて以来、適宜開設し、富山大学の和漢医薬学総合研究所在任中は所内会議室で漢方寺子屋を開校した。

 シリーズ講座の全参加者は推定1万人を超えた。

 以上のように各都市で漢方基礎講座として毎回十数回のシリーズの講義を実施。さらに香住や川崎医大、札幌医大
の講義、また鹿児島や長野など上記以外の各地域で1、2回のシリーズ外の講演は多い。 

 関係者の方々、参加頂いた先生方に感謝

  岡山和気町に移転後の薬証会

  岡山薬証会 募集停止   

  徳島薬証会 終了 

  松山薬証会  終了

  高知薬証会 第一回 2019年3月19日(火曜日)-2020年2月まで

 1977年に始まる40年余の薬証会(漢方臨床基礎講座)活動が完了し、支えて頂いた多くの関係者の方々、今尚交流を続けて下さっている先生方、無事に終えられ感謝しています。ありがとうございました。これからはウエブサイト「鹿野教授の漢方医薬学講義」で、シリーズ勉強会よりもAdvanceとして充実した内容にしています。

 

和気薬膳学校

 食を通じて健康思想を伝えるための地域対象の和気薬膳学校を平成25年に開設した。

 第一期生 40人 第二期生 20人

 第一期生、第二期生の進級希望者20名が中級課程として台湾の定番の薬膳の実習した。

 平成30年7月10日 中級課程の修了試験

 9月29日は和気町ものづくりイベントに参加し、薬房にて蟲草菇菇麺を出品する予定であったが、台風接近、降雨により屋外での開催が困難となり中止した。

 蟲草菇菇麺は、蟲草菇菇鶏飯として、温補茶と共に町イベント(10月末)に参加し好評を得た。

 上級課程は和気の薬膳を開発する研究

 2020年3月の上級クラスの修了式をもって休校とする。

 以降は、「和気薬膳学校同窓会」または「和気薬膳学会」として自由度の高い集まりを構想。

 「和気薬膳」はいうまでもなく、地域の名称(和気町)と「気を和する薬膳」の両方に掛けている。

薬用植物による地域産業化

 サンシュユは和気地域では開花はみられ、景観は良いが、薬用産物生産の産業としての気候風土上の必要十分条件が満たされず、中止した。

 しかし、併用栽培を試みていた山梔子は圃場の果実を食べた鳥の糞から圃場周辺でも発芽し自生して次第に増えてきた。結実も良好なので、クチナシ(山梔子)の生育を観察している。また、近くの住人の方々から料理用に「クチナシの実」を取りに来られるようになった。

 同様に行っていたジャノヒゲ(麦門冬)の生育も良好である。

 さらに桔梗や他のハーブ類について植栽し、薬用産物生産の産業化と景観化の両面で生かせる薬用資源の利用のため観察を続けます。

遠方より朋来りて

 

 コロナ禍が少し落ち着いて、動画作成について協力を期待していた知人・田部昌弘さんが和気まで来てくれた。

 彼は私の研究室で生姜の研究をして博士号を取得して以来、生姜の研究をすすめ、今は我が国の「生姜研究」の第一人者であるが、同時に生薬製剤関係の仕事で、某大手企業の顧問職はじめ業界にとって得難い人材である。

朋来りて_d0091428_20493414.jpg
 久し振りに会って、積る話に花が咲き、動画造りに多々提言を頂き、そして積極的に協力・支援してもらえることとなった。

 カメラ係になると申し出てくれたが、私の動画についてのご意見番やカメラ係というより、彼の持っている知識・経験を後進に伝えるべきと話し、出演にも快諾を得た。

 よし、動画造りは益々進展し、良い物が出来る予感がする。

 みなさん、彼の話の動画に期待してください。

 楽しくてためになります。