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ゆる〜く生きる 

とらわれの無い自由な心で、あなたらしく生きるためのお手伝い

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一週間ほど前、

南宮崎駅に向かう途中で
ふと見上げた空。

大きくひろがる雲に
思わず息を飲んだ。

神様が泳いでるみたい。



13日の朝早く。

逗子海岸に散歩に行くと
場所取りしている遠方客や
犬の散歩している地元の人などで
すでに賑わってました。



逗子の海は湾になっているので波は無い。

穏やか。





写真のBARは、
キマグレンが経営している「音霊」

ビーチライブハウスです。

白状すれば、
まだ実家に住んでいたころは、
あまり逗子海岸に来なかった。

特に夏は
混み混みだから
敬遠してました。

そのうち
わたしは
故郷を去ったわけですが
きっと、
ずっとここにいて
この町を守り、
今ある姿にしてきた
同年代の人達がいるのだと思うと
頭が下がる思いです。

だって、本当に素敵な町です。


不安も恐怖も、そして痛みさえも、自分の頭の中で無意識のうちに作り上げられるものなんだってこと、また経験してしまいました。

奥歯を根元から引っこ抜かれたその夜、痛みがまた始まったので、鎮痛剤を飲もうと思ったら、いれたばかりのお茶がまだ熱かったので、少し冷めるまで待とうと、痛み止めをテーブルに置いたまま、すっかり忘れてしまったのです。

そのまま、こまごまとした用事を足していたら、しばらくして、痛みを感じないので、「あ、痛み止めが効いてきたな」、なんて思いました。

そして、やれやれ、と椅子に座り、湯のみ茶碗に手をのばすと、、、、あれ?! 飲んだと思っていた鎮痛剤がまだそこに置いてあるではありませんか!

はは~ん、と思いました。痛みなんて、忘れてしまえば感じなくなり、私の脳は勝手に「痛み止めを飲んだから」なんて事実まで作り上げていたのです。それで私は平和な気持ちになっていた。

人って、こうやって無意識のうちに、いろいろな、根拠さえ見当たらない事実を頭の中で作り上げては、恐怖を感じたり、怒ったり、不安に陥ってしまったりするんですよね。

「思い込みの激しさ」は、人を恐怖や不安で縛り付け、動けなくしてしまう。その反対に、私の例のように、勘違いが痛みを取り除いてくれた、なんてこともある。

きっと全ては、実際に起こっている事柄ではなく、その事柄に対して自分がどう感じ、どんな思い込みを作り上げるかで左右されてしまうんですよね。確信しましたひらめき電球
いや~、今日も寒かったです!最高気温がー4度ですよ!

早朝から、歯医者へ行ってきました。場所は、セントラルパーク南(59ストリート)でした。
写真は、寒々としたセントラルパークの南側の入り口付近です。


ビル群に囲まれて。


真冬に散歩してるのは犬達くらいの凍るセントラルパーク。


凍る池。美しい。


やっぱり誰もいない。


パーク南(59street)を東に向いて。


パーク南を西に向かう道。

ミッドタウンって高層ビルの群れのせいで日も当たりにくく、ビル風が吹いて、なおさら寒いのです。

でも、街がニューヨークらしい表情を見せてくれるのも、冬である気がします。
早朝のチャイナタウンが、こんなにすがすがしいとは思いませんでした。

土曜日の午前中に用事があり訪れたチャイナタウン。西から東へと、まだ眠っているSOHOを歩いて通り抜けると、早朝から総菜の買い出しなどで活気のあるチャイナタウンに変わります。



用事を済ませた後、お腹がすいたのでフラリと入ったお店。レストランでもない、食堂でもない。自分でおかずが選べるお弁当が売られてる。ステンレスの小汚いテーブルと折りたたみ椅子が無造作に置いてあるので、そこで食べてもよし。お茶は、セルフサービスで飲み放題。でも、ここのメインは手作り豆腐。できたてのお豆腐や豆乳が楽しめます。




これだけ盛りだくさんで、たったの2ドル50セント。毎度ありしっぽフリフリ (思いっきりかじった後の写真で申し訳ない)

が、煮込んであっておいしそうなお肉は、足だった。豚足、鶏足。中国人の大好物です。私はダメです。ということで、結局食べれたのは、お豆腐とインゲン豆と大根だけでしたが、それでも満足いたしましたペンギン


この写真は、Grand streetを少し西にもどった所にあったイタリアンの食料品店のウインドウです。肉、そして、チーズ。それぞれの食文化。
昨日の火曜日、用事があって連邦最高裁判所(Supreme court)に行ってきました。


奥の建物がSupreme courtです。


入り口に上がる階段。

気温は氷点下ながらも気持ちの良い快晴の朝でした。






上三つの写真はSupreme courtの周辺の広場などです。

さて、立派な円柱が立ち並ぶ入り口を抜けると、当然のように検査員達がいます。空港でゲートに入る前に受ける時と同じ検査装置を使っての身体持ち物チェックです。列に並びました。

私の鞄の中身をレントゲンで見ていた検査員が
「She's got a camera!」
と隣の女性検査員に言うと、彼女が私に
「Do you have a camera?」
と聞くので、「Yes」と答えると、
「She has a camera!」と、ちょっと離れた所に座っている年輩の検査員に大声をかけている。

「Come on」
と呼ばれたので行くと、
「You have a camera?」
と聞くので頷くと、ここに置いてけ、と取り上げられた。

ここは、そんなに凄いヒミツが隠された場所なのか。。。。

用を済ませて、私のcameraを返してもらいに行くと、年輩検査員は会話に忙しい。そばにあったメタルの棚の引き出しをガラッと開けると、こっちを見もせずに、私にカメラを手渡した。そこで私が見たものは。。。引き出しの中に置いてあるカメラ。私のを入れて二つだけ。。。

今、このビルの中に、こんなに多くの訪問者がいて、たった二つのカメラ!!そのことに驚いた。

60 Centre street. 「Center」ではなくて「Centre」と綴るところが英国っぽくて、お役所っぽさを意識してるみたいなかんじです。
会社でちょっと頭くる事がありました。内容を書いても解決にはならないな。。。ただ、私が常々感じていることを、起こった出来事からまた再確認できたように思います。

それは、「自分の幸せには自分で責任を持つ」ということの大切さ。

「親が、社会が、家族が子どもが。」 自分が生きたいように生きていない人には、そうできないでいることに、実に沢山の理由があります。でも、ほんとは全部、自分で選んでる。それに気付かず、自分が幸せでないことを周りのせいにする人、はっきり言って、迷惑です。

そういう人は、アイデンティティーとか、ステータスとか、そんなもので自分の価値を証明することに執着して、周りとのバランスを忘れて、突っ走るのです。

幸せと感じれないことをごまかすのは止めて、自分は不満だらけの人間なんだという気持ちをしっかり受け止めて欲しいものです。そして、心から幸せと感じれるようになるために、自分を変える努力をして欲しいのです。そうして努力しているうちに妬むことも忘れるし、外的些細事に執着することもなくなり、生きてる感覚を取り戻せるはずです。それが、「自分の幸せに責任を持つ」ってことではないかと思うのです。

自分の幸せに責任を持てない人は、気付かぬうちに周囲も巻き込んでしまう。ということは、自分の幸せに責任を持つことは、他人の幸せに貢献することになるのです。これが、「全ては自分から始まる」ことの所以だと考えます。

dinner

今、はまってるカブのお味噌汁、あまじゃけ、高菜のお漬け物、そして、黄色いのは『たまごのくるくる』。

実家で母が、そう呼んでいたので、そのような料理名が存在するものだと信じていた。ようするに、たまご焼きがくずれたものなのです。我が実家では、これは甘くして食べます。
今朝、目覚めると、窓から見えるいつもの風景がうっすら雪化粧していました。撮っておきたい!と思いつつ、朝一で入っていた歯医者の予約のために急かされて家を出ました。お昼休みに、街の雪景色を期待して、仕事場の屋上まで上がってみると。。。

NYskyline

NY skyline

お日様サンサンの快晴。雪などもう、ひとひらも無かった。
catch me

どうせ一度きりの人生なら、こんな風にハチャメチャなのもいいかもしれない。ただし、これだけ優れた脳みそを持っていれば、の話です。ウソ偽りだらけのオトナの社会で、この高校生が学んだ生存手段。悲しい気もしますが、今は幸せな人生を送っているそうです。実在人物のお話です。二度目のチャンスを与えられたのは、いかにもアメリカらしいな。