正確に言うと「印刷されたものは年賀状ぐらい!?」って、法政大学の川成さんは書いている。「せいぜい年賀状だけといったオソマツを絵に描いたような無能な教授がゴマンといるからである」とも書いている。


もちろん、これはレトリックで誇張したものでしょう。つまり、論文を書かない教授がいるということだ。

同僚にも10年以上論文を書かない教員が数名いた。でもこの方々は、「書けない」のではなく「書かない」のだと思う。なかなか学力がある人だったから。


学生や世間から見ると大学の教授は、研究が好きなので大学の教員になったのだから、研究の成果を論文にするのは当たり前だと思うだろう。だが、大学教員の3割くらいは、研究が嫌いだと思う。どうもそう思える。

そういう教員は教授になると、ぱたと論文を書くのをやめてしまう。教授になるのには、業績としての論文が必要だから書いていたんですね。


こういう教授の講義が駄目かというと必ずしもそうでもないんだけど、学問が嫌いな人間が学問を教えても、学生に学問的な刺激を与えることが出来るのかな?よくいうではないですが、お笑い芸人は、自ら笑えなければ、お客さんを笑わすことはできないって、それと同じだと思うのだが。


しかし、論文をかかない教員も問題だが、アホ・馬鹿・間抜けといわれる論文を書くのは、もっと罪が重いかも知れない。これは、次に。