本当に言葉になりません。


震災のあった日から、本当にいろいろなことを考えました。
少ないですが義援金も寄付しました。


僕はお金持ちではないので、義援金として寄付できるお金も限られています。
ただ、このままだまって見過ごすのは嫌です。


2004年の新潟県中越地震の時もボランティアなどいろいろ考えましたが、
結局行動に移せなかった自分がいました。


たくさんの義援金を寄付するなんてカッコエエことは、僕にはできません。
ただ、時間を作ることはすぐにでもできます。
なので、ゴールデンウィークを使って4/29からボランティアに行ってきます。
本当に微力なのですが、0ではないはずです。


県外ボランティアを受け入れてくれる
「気仙沼」か「石巻」か「岩沼」のどれか、状況を見て判断します。


もちろん今回限りではなく、長期的なスパンでできる限り復興のお手伝いをしていくつもりです。


上記被災地も、まだまだ不足している物資があるみたいです。
そこで、自分でもできる限りの物資を持っていこうと思います。


もし、僕と同じような気持ちの人がいたら1000円、みなさんのお気持ちをください。
その1000円を、義援金、もしくは物資として責任をもって届けてきます!


1000円は、僕がとりあえず立て替えます。
いつか僕と会った時に手渡ししてくれれば大丈夫です。
※ハーゲンダッツ払いでも可


そのお金をどう使ったかを必ずみなさんにお伝えします。


「一日も早い復興を願って」ではない。
僕は神様に願うのではなく自分自身の手で、
目に見える行動でみなさんを支えていきたいと思います!


うんこ

岸田 昇


■以下 関西学院大学災害復興制度研究所長の室崎益輝教授のお話


──ボランティアを自粛する動きがあるが、実際のところ人数は足りているのか。

 今回の被災地は阪神淡路大震災の何倍もの範囲に及ぶので、何倍ものボランティアが必要だ。にもかかわらず、ボランティアが集まってくるペースは阪神のときと同じか、もっと遅い。ここ数日で状況は少しずつ変わってきているが、私の計算では1日2万人くらい集まるべきところが、1000~2000人レベルにとどまっている。

 受け入れ態勢が出来ていないとか、準備不足で行くと現地に迷惑がかかるという声が流布されたことで、ボランティアの動きにブレーキがかかっている。

──「迷惑ボランティア」という言葉もあるが。

 阪神淡路大震災のときはボランティアが大勢来たが、被災者はちっとも邪魔とは思わなかったはずだ。迷惑に思っていたとすれば、登録したり名簿を作ったりするのに、一度に来られたら対応しきれないという行政だろう。

 今回、ボランティアを自粛させている1つの原因は、地元のボランティアセンター自体が被災したため、ボランティアを受け入れる機能を失っていること。受け入れ態勢が出来ていないので、少し待ってくださいということになる。

 被災者は来てほしいと思っている。家には物もないし、人も来ない。本来ボランティアというのは被災者の方を向いて、被災者の声に耳を傾けて、現状をどう改善するのかを考えなければいけない。なのに、阪神淡路大震災のときにはこうだったとか、過去の「マニュアル」に従ってしまっている。

 ボランティアが100人いれば、なかには迷惑をかける人もいるだろう。でも、みんな迷惑をかけに行っているわけではなく、助けようと思って行っている。迷惑をかけたら、ちょっと注意すれば済む話。なのにボランティアに注文ばかりをつけて、ハードルを上げてしまっている。最も重要なのは被災者の立場に立って、被災者を助けようという心がけだ。

──ボランティアの主要な受け皿とされる被災地の社会福祉協議会は、募集範囲を「県内(市内)のボランティアに限る」としているところが多い。

 極端な話、それは被災者を見殺しにしようとする行為に等しい。それでボランティアの足が止まるのだから。

 NPOなどは行政のボランティアセンターを当てにせず、自分たちでボランティアの受け入れ体制を作ろうという方針に変えた。ボランティアセンターが募集を制限する理由の1つは、泊まる場所がないからだが、NPOの中にはテントを張ったりプレハブを建てるところもあるし、被災地から少し外れれば民宿もある。

 実際はガソリンも普及し始めているし、県外の人を断る必要はない。県内では中高生までが必死で働いているが、もうみんな疲れてきている。早く外からも行って励まし、助けてあげなければいけない。

──ほとんどの社会福祉協議会が受け入れを制限しているが、被災者側のニーズはもっとあるということか。

 ニーズは歩いて探しに行かなければいけない。浸水した家の2階の電気もない場所に数家族が身を寄せ合っていて、水も食料もないと悲鳴を上げているのに、ニーズがないなんてことはあり得ない。泥にまみれた家が何万棟とあるなか、泥が固まる前に誰がかき出すのか。

 今ボランティアに行くと迷惑をかけるという世論が、どういうわけか出来上がってしまった。それを変えるのはとても大変だ。

 ボランティアは押しかけていい。迷惑をかけてもいい。迷惑かけた分の何倍もいいことをしてくればいい。来てくれただけで、本当に喜ばれるのだから。