□美容アドバイザー・佐伯チズさん
■外資系で3度の「左遷」人事を経験 プラス思考で成功勝ち取る
“美のカリスマ”としてブームを巻き起こしている美容アドバイザー、佐伯チズさん(67)。外資系企業勤務時代に3度、左遷人事を経験しながら、プラス思考で成功を勝ち取ります。支えとなったのは「和の心」でした。(喜多由浩)
◆“いじめ”に発奮
45歳。名前を挙げれば誰もが知っている世界的なファッション・化粧品ブランドの日本法人からスカウトされた。任されたのは約500人の美容部員のトレーニングと指導マニュアル作り。3年間、がむしゃらに働き目標以上の実績を上げたのに、言い渡されたのは“左遷の内示”である。
「フリーに近いポストで部下はゼロでした。外資系の企業はトップが替わると部下も替わる。私を入れてくれた社長がいなくなっていましたから…。でも、会社のマイナスになるような仕事は絶対にしていない自信だけはあった。こんなことで『負けてられるか』って逆に発奮しましたよ」
ところが3年後、またもや理不尽な異動が待っていた。当初は、東京都内の名門ホテル内にオープンするブランドの旗艦店のサロン・マネジャーに就任するはずだったのに、思わぬことから計画が大幅に縮小。店自体はできるものの、会社側から給与は保証されず、“報酬は売り上げ次第”“顧客はゼロ”という極めて不安定な立場に。
「本当はもう、私に辞めてほしかったんでしょうね。その後も、まったく身に覚えがないことで『始末書』を書くことを求められたり、もう“いじめ、嫌がらせ”ですよ。友人からは『よくがんばったわね。男でも辞めていたよ』と感心されましたけど」
◆祖父母の教えが支えに
結局、同社では3度の左遷を経験する。その都度、「むしろチャンス」とプラス思考に転じて前向きに仕事に取り組み、“美のカリスマ”と呼ばれるほど女性の圧倒的な支持を獲得する現在の成功につなげた。
ひどい仕打ちに耐え、自分の信念を持ってブレずに生きてこられたのは、自分の仕事に絶対の自信があったことに加え、育ててくれた祖父母の教えも大きい。
「身に降りかかってくることは、『神様が試しているんだよ。それをまず受け止めなさい』って。たとえ、無理難題を押しつけられても『(他人様が)教えてくださっているんだ。できない、と最初からあきらめるんじゃなくて、できる方法を考えなさい』と教えてくれたのです」
もうひとつは、昭和60年に、52歳の若さでがんのために亡くなった最愛の夫との「約束」である。
「好きで好きでたまらない夫でした。私が24歳のとき初めて仕事をすることを許してもらい、(亡くなる前には)『これからはひとりでどんなことも乗り越えていかなくちゃならない。仕事は辞めちゃダメだよ』といってくれた。だから60歳の定年までは、意地でも辞めるもんか、ってね」
◆大切にしたい和の心
長く外資系企業に勤め、外国(アメリカ)で暮らした経験があったからこそ、ずっと大事にしてきたことがあった。「和の心」である。外国人はドライで自己主張が強い。日本人とは百八十度違う。
和服や和食、あいさつやしぐさ、物事の善しあしや目上の人への尊敬、四季や五感を大切にする…。日本には世界に類がない、伝統文化の素晴らしさ、美しさがある。「虫の鳴き声を聞いて、風雅に思うのは日本人だけですよ。日本人はコミュニケーションが苦手というけど、素晴らしい『あいさつ』『礼儀作法』がある。日本人のDNAには、こうした心やしぐさが組み込まれているんです」
しかし、最近は「和の心」や伝統文化が急速に忘れ去られ、伝えられなくなってきている。
「いまどきの若い女の子を見ていると、10代から濃い化粧をするから肌はボロボロ。お尻丸見えの短いスカートをはいて、頭は茶髪。男友達とすぐにセックスをしたり、一緒に住んだりしてしまう。彼女たちのお母さんからしてもう、『和の心』や価値観を教えられていないんですね」
最近ではむしろ、「外国人の方が日本の良さを知っているのではないか」と感じさせられることも多いという。「外国人からすれば不思議ですよね。『なぜ、素晴らしい文化や伝統があるのに外国のまねばかりするのか』って」
今後は「和の心」を正しく伝えるプロを育てたい。「いま私たちの世代がやらなきゃ」という思いが強いからだ。世界に出たときこそ「和の心」が通じる。それが長い間、“外国と付き合ってきた”答えである。
◇
≪Plus≫
--ご主人は最愛の人だったそうですね。夫婦のきずなで一番大切なことは
「スキンシップでしょうね。子供や孫ができても大事なのは夫婦2人。会話がなくなるのはスキンシップがないからです。私は主人に抱きついたり、くっついているのが好きでした。ケンカもしなかったですね」
--ご主人が、がんで「余命3カ月」と宣告されたときは、すべてをなげうって看病された
「決まっていた転職も断りました。仕事のキャリアよりも主人が大事。私のすべてでしたから。だから亡くなったときはもぬけの殻。1年以上、何をする気も起きませんでした。当然、何の手入れもしないから、まだ40代前半だったのに鏡をみたら老女のような顔になっていて…」
--よく立ち直りましたね
「こんな顔では主人に会えないと、お肌の手入れ。でも、以前の肌を取り戻すのに1年かかりました」
◇
【プロフィル】佐伯チズ
さえき・ちず 昭和18年、旧満州・新京(現中国・長春)生まれ。美容学校卒業後、外資系化粧品会社、ファッション・化粧品ブランドの日本法人に勤務。平成15年、東京・銀座にエステティックサロン「サロン ドール マ・ボーテ」を開業。美容分野だけでなく、女性の生き方、マナー、日本文化などについて、執筆、テレビ、講演と幅広く活躍し、「美を求める」女性たちの圧倒的支持を得ている。主な著書に「美肌革命」「キレイの躾」など。新著は「佐伯チズの和美人の本」(東京書籍)。
※この記事の著作権は、ヤフー株式会社または配信元に帰属します
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101121-00000075-san-soci