創作童話 その③ いつかどこかで | みんみんの日常

みんみんの日常

引っ越し歴○○十回? 還暦も過ぎて、とうとう終の棲家となりそうな家にたどり着きました。4世代同居、ドタバタな日常を綴ります。高齢犬、高齢猫、ヒミツの鳥さんも一緒です。サザエさんちより賑やかかもよ~(^^♪


お父さん ほらクロが来てるよ。

わかる? ゴンもここにいるのね?


 ミチルには、嬉しそうにベッドの

周りを駆けまわる犬たちが

はっきりと見えました。

 それは、お父さんからの最後の

プレゼントかもしれません。

しっかりと握っていたお父さんの手からは

だんだん力が抜けていきましたが、

ミチルとお母さんの涙は

クロとゴンがそれぞれきれいに舐めて

くれたので、ふたりは顔を見合わせて

少し笑いました。

 お父さん、良かったね。

 二匹で一緒に迎えに来てくれたのね?


 初夏の緑色の風が、リビングを

吹き抜けていきます。

 クロは、二年前に老衰で逝き

主人の居なくなった空っぽの小屋の周りには

小さな木香薔薇のやわらかい黄色の花々が

誇らしげに咲いていました。

 今は、一年で一番気持ちの良い季節です。


 けれどもお父さんは、

小さな庭の見えるリビングに置かれた

電動ベッドに横たわっていました。

 病気に気づいた時が遅すぎて

お父さんはもう、手術を選ばなかったのです。

 この半年の間、お母さんと娘のミチルと

三人で、静かに普通に暮らしていました。

 一日おきに来てくれる訪問看護の佐伯さんが

主治医の指示通りにしっかりとケアして

くださるので、このところ少し痛みは

やわらいでいるようです。その代わりに

うつらうつらと眠っている時間が長いのです。

 夢と現実の間を行ったり来たりしながら

この五十数年の人生を振り返ってみるのが

今のお父さんにできることの全てでした。

 お母さんは仕事を辞めて、できる限り

傍にいました。それは、これからの人生を

考えると無謀な選択でしたが、

話し合ってふたりで決めたことです。

 その日が来るまで、楽しいことをいっぱい

考えて、三人で笑って暮らしましょう。

 楽しいお話なら無限に創れるわ。

 貯金がゼロになっても構わないと

お母さんは思っていました。

 お父さんは、心の苦しみからはもう

解放されていました。後悔することは

たくさんありましたが、それさえも

お母さんとの間では、笑い話に

昇華されていきました。

 ミチルの花嫁姿は、きっとどこからか

見ることができると信じていました。

 ただ、たったひとつ

心残りな出来事があったのです。

 それは、今から七年ほど前のある日。

 お父さんは、クロと毎朝散歩に行く河原で

ひとりぼっちの大きな茶色い犬を見つけました。

最初は迷い犬だと思いましたが、

次の日もその次の日も、犬はそこに

いました。よく見ると、身体は大きいけれど

まだ成犬にはなっていないようです。

秋田犬に似ていますが、雑種かもしれません。

首輪もしていませんでした。

ただじっとこちらを見ていました。

 それから二、三日後の夜

河原から十分ほどのこの家の庭先で

今度はクロと戯れているその犬を

また見つけました。

家族で「ゴン」と名付けたら

あっという間に仲良くなりました。

クロはすでに老犬でしたが、気のいい奴で

きっと自分のご飯を分けてやっていたの

でしょう。

でも、あの人見知りのゴンが

この家なら、と選んで来てくれたのに

どうしてもここで飼ってやることは

出来なかったのです。

 ここは借家で、二匹も飼うことは

契約違反になるからです。

三人は、手分けしてあらゆる方法で

ゴンの飼い主になってくれる人を捜しました。

大型犬の里親さんはなかなか見つかりません。

 二か月ほど経った時、ようやく引き取り手

が見つかり、もうすっかり慣れていたゴンを

泣く泣く手放したのです。

広い庭のあるその人に飼ってもらえるゴンは

幸せだと信じて…。

 ところが、それから三年後

その新しい飼い主夫婦は離婚をして

引っ越してしまったと噂に聞きました。

 ゴンの姿は、そこにはなかったと…。

あの日、車の後部座席から

じっとこちらを見つめるゴンの目を

忘れることができませんでした。

 ごめんな、ゴン。

誰よりも悲しんだのはお父さんでした。

 大丈夫だよ、お父さん。

 ゴンはきっと元気にしているよ、と

励ますミチルでしたが…。


 ミチルはお父さんの右手を、

お母さんは左手を、そして

お母さんとミチルもしっかりと

手を繋いでいました。

 お母さんは、お父さんの左耳に

そっと囁いています。

 ねぇ、次のデートは広い広い

ドッグランね。お弁当作って行くから

きっと迎えに来てね。

 お父さんの顔がほんの少し

微笑んだように見えました。


ゴンとクロは、並んでお座りしています。

やがてクロがいつもの散歩のように

赤いリードを自分で咥えて

ゆっくりと立ち上がりました。

 さあ、お父さん、行こう。

 これからはずっと一緒だね。


部屋の隅で、看護師の佐伯さんは

そっと涙をぬぐいました。 


               了






最後までお読みいただき

ありがとうございました。

いかがでしたか?

これは新作ではなく

ストックの中から。

もう十年以上前に書いたものです。

まだ夫が元気だった頃です。

半分事実で半分創作です。

木香薔薇の季節になると

かならず思い出してしまう

そんな作品になりました。