なんだか久々の読書レポ。

スマホにしてから電車の中でスマホばかりになってしまい、反省中です。



以前ブログに書いたもので、中島義道さんの言葉を紹介しました。

http://ameblo.jp/niccap/entry-11902389715.html



その方の書かれた本で、本屋さんで目に留まったので、読んでみました。



『私の嫌いな10の言葉』 中島義道



「相手の気持ちを考えろよ!

 人間はひとりで生きてるんじゃない。

 こんな大事なことは、おまえのためを思って言ってるんだ。

 依怙地にならないで素直になれよ。

 相手に一度頭を下げれば済むじゃないか!

 弁解するな。

 お前が言い訳すると、みんなが嫌な気分になるぞ。」


こんなもっともらしい言葉をのたまう大人が、吐気がするほど嫌いだ!


精神のマイノリティに放つ日本人論。

(文庫本 裏表紙より)


○●○●○●○●○●


裏表紙にある言葉の他に

「謝れよ」

「胸に手をあててよく考えてみろ」

「自分の好きなことがかならず何かあるはずだ」


この10の言葉のカテゴリでつづられています。


こんな視点あるんだ、というのと、

確かに間違ってはいない、というのと、

極論だなというのと、

読み進めていくにあたり、非常に複雑な気持ちでいました。


普通でいること、右へならえでいる事が当たり前だった私にとって、それが苦痛だという人の気持ちは正直わかりません。


「普通さ」とか「常識的に考えてさ」

割とそういう言葉を使ってきていたような気がしますが


息子が生まれ、彼が育っていく過程で、それが容易でない人もいるということを痛感させられています。

本当に、「普通」が一番難しい。


息子の「なんで」という疑問はある意味ただしくて


私たちがなんとなく「やるもんだ」とか「こうするもんだ」という「常識」に何の疑いも持たずにやってきたことに対して


なぜそれをする必要があるのか、と息子は思うようです。

親である私はうまく説明できず、そのたびに考えさせられます。


中島先生もかなり生きづらい思いをされてきたのだろうと思います。

息子との共通点を少し垣間見ながら、息子の行く末を案じているわけですが…


少なくとも、息子には

私よりも長生きさえしてくれればそれでいい

という域に達してきているので。

(それでもやはり高校だけは行って卒業してほしいのですけれども)


親の出来ることって、実は何もないんだなと思う今日この頃。