3月14日火曜日

世田谷パブリックシアター 

シアタートラム 14:00

 

初演を見逃しているので楽しみだった。期待を裏切らない舞台。

 

物語の舞台は中東のどこか。

国家の紛争に翻弄された半生を生き抜いた女性、ナワル(麻実れい)の死から始まる。時間軸は一通りではなくナワルの十代の頃にいったり、ナワルの遺言を検証する彼女の子供、双子のジャンヌとシモンの今現在に戻ったりしながら進行する。

 

この進め方がなぞ解きを深めていって舞台に吸い込まれる。

 

若い頃のナワルが拳銃を手にして写っている写真に至る、重い物語が彼女自身の口から語られるところが圧巻のひとつ。

襲撃されたバスの中から一人助け出されたが、彼女に続いて逃げ出そうとした母子は拳銃を突き付けられ中に戻され、バスの中で火に巻かれ溶けていったという。

舞台面が焼け跡になっているのも、このエピソードを強く印象付ける。

 

もうひとつ、これはこの物語の頂点。

ナワルが牢獄に捕らわれ、番号をつけられ〈売女(ばいた)〉と呼ばれレイプされ続けたときに産んだのがジャンヌとシモンの双子。その父は看守ニハッド(岡本健一)。

 

その看守こそ、ナワルが十代の時に産み、泣く泣く捨てた子だったとわかる瞬間。

捨てるときにピエロの赤い鼻を赤ん坊の懐に入れた。これを裁きの場に引きずり出された元看守ニハッドが鼻につけてナワルを中心とした被告たちを愚弄する。

 

衝撃をうけたナワルの立ち姿。大げさな仕草があるわけではないのに、爆風を全身で受け止めているかのように見える。

 

岡本健一は、ニハッド以外、役名もないちょい役を何役も勤めていたが、芝居がうまくて麻実れいの魅力に拮抗していた。

 

今回初めて見た、栗田桃子、那須佐代子のせりふの確かさも耳に心地よかった。

 

終演後のシアタートークで「ギリシャ悲劇のような」と言っていた通り、現代の紛争が引き起こしたことが、太古の昔の物語みたいなところもあり、大きな渦が目に見える様だった。

 

稽古時間が長かったのに、岡本健一が最後まで残り、麻実れいは早く上がっていったとからかわれ、

「だって、もうこの年だから体力温存しないとお~」と言った時の優雅さ、色っぽさ。あれではなんでも許せる。

ケラリーノ・サンドロビッチがTwitterで〈麻実れいさんのことを、俺は「麻実れいという特殊な生き物」としか見れなくなってていけない。〉とあったが、私はそうとしか見れないし、そうしか見れないことがシアワセだわ。

 

この舞台と「8月の家族たち」の成果に対して第42回菊田一夫演劇賞受賞とのこと。何よりだ。