2月22日月曜日 国立小劇場 千穐楽

「桜鍔恨鮫鞘(さくらつばうらみのさめざや) 鰻谷(うなぎだに)の段」
東京では45年ぶりの上演。初めてみる。

あらすじ:八郎兵衛は主のために大金を工面し、刀を探し出さなくてはならない。それを知っている妻・お妻が弥兵衛という男を持参金付きで婿に迎え入れ、金の工面をしようとする。
そんな事情を知らぬ夫・八郎兵衛はお妻が心変わりをしたと思い込んで殺してしまう。

結構無茶な話だ。父が子供の目の前で母と祖母を惨殺する。その直後、子供の口から無筆(字が読めない)の母が覚え込ませた遺言が語られる。子供の冷静さが異様だわ。

夫のために身を犠牲にしてお金を工面するというひたむきさより、そんなことが印象に残ったのには、咲大夫(さきたゆう)の語りが一向に届かなかったことにもある。
呂勢大夫(ろせたゆう)はしっかりした語りだった。


「関取千両幟(せきとりせんりょうのぼり) 猪名川内(いながわうち)より相撲場の段」
豊竹嶋大夫(とよたけ・しまたゆう)引退公演、千穐楽。

あらすじ:人気力士の猪名川は贔屓筋の旦那を助けるためにお金を工面する必要があり、そのために八百長相撲に手を染めようかと思い悩んでいる。
その様子を察した妻・おとわが密かに身を売り、そのお金を勝負の進上金(現在の懸賞金)として、夫の窮地を救う。

人間国宝になったのが平成27年7月。引退すると発表されたのが同年10月。病気にでもなったのかと思っていたら、WEBでは嘘か誠か穏当ならざるやり取りがあったと書かれているのを見て、嫌な気持ちになる。
住大夫(すみたゆう)のように衰えきって引退するのは聞く方としては辛かったが、大夫本人が納得していないのに引退に追い込むとはなあ。

そんな経緯もあったけれど、とにかく迎えた最後の舞台。
呂勢大夫の師匠を送る*口上(こうじょう)の立派だったこと。

引退の舞台としてこれが発表されたとき、三味線の*曲弾き(きょくびキ)がメインじゃなかったっけ?と思ったくらい語りを聞くには今一つな選択だったが、主人公おとわの心情を丁寧に語っていた。ただやはり声の衰えも見えない内の引退なのだから、たっぷりと聞きごたえのある演目を聞きたかった。

夫のために身を犠牲にしてお金を工面する…という点では、前の演目とかぶるところがある。
お金の調達方法を2種類ご紹介しますというわけではないのだから、これは何とかならなかったのだろうか。

最後、駕籠に乗ったおとわが夫との別れに手を振っていたのは千穐楽だけのことで、嶋大夫に向けての物だったとは後日WEBで知った。

帰り道、楽屋口に人だかりがあったので嶋大夫が出て来たのかと思ったら、30分位後だと言う。
用事があったので待たずに帰路についたが、ニュースで大勢の人に見送られてにこやかに去ってった姿をみてほっとした。

*口上(こうじょう)
襲名や引退の挨拶。
歌舞伎では当人も発言するが、文楽ではゆかりの深い代表者が述べ、当人は頭を下げて座っているだけで一言も発さないのが慣例。

*曲弾き(きょくびキ)
三味線を縦にしたり横にしたり、撥を逆さに持つなど、様々な技巧を凝らして見せる弾き方。
この演目での見せ所。今回は29歳の若手、鶴澤寛太郎が勤めた。