12月7日月曜日
国立劇場 12:00

仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)の影の面を描いた四谷怪談を十二月にもってくる企画はうまいが、見るとなるとどうかなと思っていたら、ちゃんと考えられている上演でおもしろかった。

市川染五郎(いちかわ・そめごろう)のお岩様、すべて裏切られたのだとわかったところからがよかった。
片岡亀蔵(かたおか・かめぞう)の宅悦(たくえつ)がお岩の身八口から手を入れると、勢いよく拒絶する。オッとびっくりするくらいの強さ。
ここからお歯黒を付け髪を梳き、とすることはいつも通りだが、二か所初めて見るやり方があった。

ひとつは、抜けた髪を恨み骨髄とばかりに絞り上げると血が滴る。*落ちた血が倒れた衝立に流れ落ちるのが常のことだが、ここでは先ほど伊右衛門が手内職をしていた唐傘をもってきて、そこに垂らした。
なるほど、貧乏長屋に必要ない衝立より、そこにあった、しかも伊右衛門の手になる傘に血をかけるのはうまい。

もうひとつは、争っているうちに柱に刺さる刀の使い方。切っ先が柱に刺さったままになっているところに、*お岩の首がちょうどあたって死ぬのがいつものやりかた。
柱に刺さった時に、ずいぶん低い所に刺したなと思っていたら、柱を貫いた刀にお岩が背中から心臓を貫かれる。その瞬間、血が吹き出すという仕掛け。

新鮮だったこともあるけれど染五郎の動き方が力強くて、それが怖いのである。

この間ずっと鳴っている大太鼓の、大きくなったり小さくなったりする音が随分と耳に響いて不気味だった。こんなことは始めてだ。

この場の直前、伊藤喜兵衛の家でご馳走になりご機嫌で帰宅した幸四郎の伊右衛門が、お岩に何かと邪険に当たるのだが、ずっと酔っている伊右衛門というのも初めて見た。酔っぱらって乱暴を働いているのだ、この伊右衛門は。
金に換えようと力づくで奪い取った蚊帳を肩に担いで引っ込む瞬間「悪党!」と客席から声がかかったのが絶妙。ひでえ奴だと思わせるに十分。これがあったために、この先のお岩様の恨みにぐっと凄味が加わった感じだ。

〈第三場・本所蛇山庵室の場〉
ここでも見慣れた光景に工夫が施されていてびっくり。

お岩が出てくる*提灯抜けの提灯は人ひとり通り抜けるため、いつも不自然に大きい。ところが今回は幕が開くと、この提灯が随分と繊細に出来ている。
ここから出てくる速さと、瞬時に空中に立ち上がる大きさがすごくて本当に驚いた。仕掛けが今までと全く違うようだ。

お岩が着ている漏斗(じょうご)の裾が赤くなっていて「*うぶめ」だということを暗示しているらしいが、これも初めて見た。パンフに載っている五渡亭国貞の浮世絵に、提灯の火を帯びているお岩の絵があるから、裾が赤くなっているのは火のイメージも重なっているようだ。

空に漂うお岩が伊右衛門の母お熊の首に手ぬぐいを掛けるや否や、グワッとひっくり返って、そのまま首を絞め上げながら引き上げていったのには本当にびっくり。客席から「オオッ」と声が上がる迫力。こわかった。


今回〈第二場・深川寺町小汐田又之丞隠れ家の場〉が珍しく上演され初めてみる。ここでの染五郎二役の小平(こへい)の幽霊も床から瞬時に出るなど目を驚かせた。いつもは「薬くだせえ」だけ言ってる人が、主人にどれだけ深い思い入れをもっていたかがわかる場面。でも、ここまで結構芝居が長くて眠くなった。

最後は吉良邸討入のチャンバラ場面をつけ、吉良の首を取って閉幕。

冒頭に四谷怪談の作者・鶴屋南北(染五郎)が登場して「平成の世から染五郎が来て、台本に手を入れてもいいかと言って来たので、枕上に立ってチョイト頷いてやった」などという忠臣蔵と四谷怪談を繋げる趣向があったり、庵室の場面で客席二階に幽霊が出て来て脅かすなど、なんとかおもしろく見せようという工夫があってよかった。

客席内一階、左右の壁に*雁木模様のスクリーンを張り巡らすという工夫も。

その客席に幽霊が出て来た時、フイに昭和63年、大阪中座で上演された四谷怪談を思い出した。その時も、なんとかおもしろくしようと劇場入り口に柳の枝を垂らしたりして、客席にも幽霊が出た。伊右衛門は幸四郎。お岩は亡き勘三郎だった。客席への幽霊登場は染五郎の勘三郎への思いだといいな。


youtubeで昭和31年の舞台を見ることができる。
https://www.youtube.com/watch?v=AnI0b_nb6kA
お岩が中村歌右衛門。伊右衛門が幸四郎の父・松本白鸚が46歳当時の舞台。この映像で良く上演されるやり方がわかる。
*落ちた血が倒れた衝立に流れ落ちる  1h15m50sあたり。
*お岩の首がちょうどあたって死ぬ 1h16m45sあたり

*提灯抜け お岩の幽霊が提灯の中から出てくる仕掛けのこと。提灯が燃え、左右に割れると中からニュっと出てくる。
6代目尾上梅幸のお岩様の提灯抜け(文化デジタルライブラリーより)。

(これはブロマイドなのだが買って手元に置きたいものかしらん?)

*うぶめ  難産で死んだ女や、水子などが化したという幽霊。今回、上のブロマイドの着物のすぼまっている裾が真っ赤に血塗られていた。

*雁木模様 仮名手本忠臣蔵で討入の時に大星由良之助たちが着ている揃いの羽織の袖模様。
7代目幸四郎(今の幸四郎のお爺さん)の大星由良之助(文化デジタルライブラリーより)。