1月13日火曜日 16:40

〈番町皿屋敷 ばんちょうさらやしき〉
大正五年(1919年)に初演されたa新歌舞伎の一つだが、男は旗本、女は腰元という身分差のある恋仲で、男に結婚話が持ち上がったら男の真情を疑うのは当然。そこを播磨は「そちの疑ひは晴れようとも、うたがはれた播磨の無念は晴れぬ(青空文庫より)」と言ってのけて腰元お菊を殺してしまうのだから、今となっては居心地の悪い芝居となってしまった。
なので、青山播磨(あおやまはりま)役の中村吉右衛門(なかむら・きちえもん)のせりふ術を楽しむ。

前半、喧嘩を止めに入った伯母に説教されて「伯母様は苦手じゃ」というところ愛嬌があって良い笑顔だった。

お菊に疑われた無念を説く長せりふ、淀みなく力が籠る。
刀の柄で一枚ずつ皿を割る所は少し気持ち悪い位鬼気迫っていた。
終わる直前、縁側からポンと飛び降りた立ち姿が血気にに逸った青年そのものだったのもよかった。

中村芝雀(なかむら・しばじゃく)は、最期に袱紗を咥えて切られるまで、堪えに堪えた芝居。

〈女暫 おんなしばらく〉
「暫」という演目のの主人公を女性にしたもの。

2012年松竹座で見た時、楽しかった演目。舞台番が勘九郎(かんくろう)から吉右衛門に変わって、これも楽しいかと思ったのに、吉右衛門一向に捌けたところなく残念。まじめ一方なんだもの。

玉三郎の簪が松竹座の時より豪華に見えたのは気のせいか?

中村歌六(なかむら・かろく)の蒲冠者範頼(かばのかじゃ・のりより)が立派な見栄えだった。

〈黒塚 くろづか〉
夜の部の一番はこれだった。

市川猿之助(いちかわ・えんのすけ)の踊りが見事なのは当たり前。
前半、糸繰をする場面が静かながら不穏な雰囲気も漂っていた。ただ、後半の踊りでそこの印象が吹っ飛んでしまうね。

阿闍梨(あじゃり)達に部屋の中を見るなと言い残して柴刈に出た猿之助演じる老女岩手(ろうじょ・いわて)。
その岩手が薄野を下ってくる登場には劇場内、息を呑んだ。斜面をゆっくりと降りてくる頭と肩がまったく揺れないので動く歩道に乗っているのかと思われる程。

月明かりの中、自分の影と共に踊るところは、腰を要にして手足がほとんど重さを感じさせないしなやかさで動く。
猿之助が客席にわずかに顔を向けると、我に返った様な客席から瞬時、拍手がわくということが三、四回繰り返された。

安達原(あだちがはら)の鬼女という本性を現してからは、存分に動く。
花道で祈り伏せられ倒れたかと思った瞬間、跳ね上がって倒れたのとは逆向きに立ち上がったのには、どういうからだをしているんだと唖然となる。

この猿之助に対して、勘九郎の阿闍梨がこれまた見事。
一貫して顔が力むことなく、常に行い澄ましている。数珠を揉んでいる時も、揉むことに力むのではなく、呪文の効力を疑わずひたすら祈っている姿。この祈りの力の前に降伏する猿之助は爽快ではないかしらん、と思わせる程。

終演後、席を立った人たちが口々に「すごい、すごい」といいながら歩く。余韻まで熱くてよかった。

夜ご飯は三越地下、知床鮨 ¥1.296。

a 新歌舞伎
近代以降の歌舞伎演目の内、歌舞伎内部の狂言作者以外の作家の作品をいう。また明治30年代から昭和戦前期までの作品を指し、第二次大戦後の演目は「新作歌舞伎」と呼ぶのが慣例。(最新 歌舞伎大事典 2012年柏書房発行 p.219より)