オヤジと2人暮らしになった、思春期な頃だろうか。
ある夏の夜。
そろそろ寝ようと部屋でテレビを見ながらゴロゴロしていると・・・
「コン!コン!」
おう?!誰だ?こんな夜分に。
ドキっとしながら起き上がり、部屋のすぐ脇の玄関へ。
「コン!コン!すいません。」
男性の声だ。
恐々、ドアを開ける。
カチャ。
へ?!
ドアを開けると現れたのは、白ヘルメットの救急隊員。
あ?!
玄関を開けたら救急隊員がいる状況って?
要請してないのに訪ねてくる救急隊員って?!
そんな隊員をよくよく見れば、担架を持っている。
その背中の向こうで、もう一人の隊員と誰かを担いでいる。
「あ、なんでしょうか?」
まるでチンプンカンプン。理解不能のまま問いかけた。
「あの、こちらはお父様でしょうか?」
隊員が少し担架をずらし、乗ってる人物を私に見えるように
差し出した。
げ!オヤジだ!!
「あ!はい!」
紛れもなく我が家の家主。とはいえ、何で担架に?
そして何かあったら病院へ搬送だろうに、なんで自宅に運ばれて?
あんぐりしてたのか、ポカンとしてたのか、私が考えを巡らせかけてると
隊員さんから説明が始まった。
「あのですね、お父さんはそこの曲がり角の道路に倒れてらして
どなたかがひき逃げじゃないかと通報されましてですね
かけつけたんですが、どうやら眠っているだけのようでして。」
担架のオヤジがモゴモゴ何かしゃべっている。
「へ?!ひゃ!やだー!あ、そうなんですか!すいません。」
ドギマギ頭を下げていると、隊員が
「あの、お父さんどちらに運んだらよろしいですか?」
「あ、すいません。そのまま奥の部屋に。あ、靴脱がなくていいです。
そのまま奥へ。何だかすいません。やだ、もう。」
玄関からそのまま台所の板場を抜ければ、奥のオヤジの部屋だ。
私が先立って入り、出しっぱなしの布団に場所を作る。
「あ、ここへ、すいません。」
隊員さんが運び下ろしてくれながら
「一応、念のために見たのですが、どこも怪我されてないようですし
本人も寝てただけと言ってますんでね。車に轢かれなかったから
いいですが、気をつけてくださいね。」
頭から火が出そうな恥ずかしさと動揺とで、返す言葉も見つからない。
「ほんとにすいません。あの、どこに寝てたんですか?」
聞けばこの貸家の砂利道を出て10mぐらいして右に曲がった
一般道路の片側車線の真ん中に、だそうだ。
何もわからず、グーグー平和に寝ているオヤジを恨めしく
見下ろしながら、隊員にお礼を言って、玄関から見送った。
ドアを閉めると、急いでオヤジの元へ!
足で蹴りながらたたき起こす。
「おい!何やってんだよ!!じじぃ!!」
すでに思春期の反抗期だったので、そんな口調。
何やら答えているのか夢心地なのか、しかし聞き取れず
話にならないので、そのまま放置。
呆れた。
翌朝、オヤジに問いただせば、酔っ払って帰る途中
眠くなり、アスファルトが冷たくて気持ちよくって
たぶん、そのままそこで寝てしまったんだろうという見解。
おーい!勘弁してくれよ。こちとら大恥かいたよ。
ってか、あとちょっとで家じゃないかよ。頑張れよ。
だからって道路で寝るんじゃねーよ。
「ほんとに轢かれたらどうすんの!自分で帰れないほど飲むんじゃねーよ!
病気でもないのに迷惑かけて。みっともない!
担架で運び出されるのはわかるけど
担架で帰ってきた人なんて始めてだよ。今夜は飲むなよな!」
反省してるんだかしてないんだか、本人は照れ笑い程度。
そりゃあんまり覚えてないんだから、いいよな。
見かけて電話してくれた人が誰だかわからなかったが感謝だ。
すごすごと玄関で靴を履くオヤジの丸まった背中に一言。
「今度、道路で寝たら轢かれっかんな!!はしっこで寝ろ!」