龍樹さん「57の罪過」の後半 | 釈迦牟尼スーパースター ~仏教のつれづれ~

龍樹さん「57の罪過」の後半

『龍樹論集』(中公文庫 梶山雄一・瓜生津隆真訳)

「宝行王正論」の5章にある「五十七の罪過」の後半(昨日のつづき)。

(同書からほぼ丸写し。一部語尾だけ省略)



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22 驚怖(無物)とは理解がないために、あるいは病いのために

生じた混乱

23 悪貪は自己のよくない資具に対して(生じるもので)

懈怠(けたい)のある人にあります



24(自他)区別の思いとは、貪り、怒り、愚かさによって

思いが汚されること



25 不注意(不作意)とは、心で現に観察していないこと



行いに正しく努力しないために

26 尊敬の欠如があり、師に対して偽りがあるのが

27 破廉恥(不恭敬)であります。

そのような人は悪人であるといわれます



28 染着(せんじゃく)は小さな煩悩(纏縛 てんばく)であって

欲界の貪着から生じます

29 偏執は欲望から生じるきわめて大きな束縛であります



30 貪とは、自己の事物に対する貪りであり、

31 他人の事物に執着することが不当な貪りといわれます



32 (妻とすることを)捨てるべき女人に貪着することが

  貪着すべからざるものへの貪欲であります

33 悪欲とは、徳がないにもかかわらず徳があると偽ることであります



34 大欲とは、激しい渇望で満足の喜びが欠けていることです

35 得欲とは、自己に徳が具備していると、なんとかして

  知らそうと欲すること



36 不忍とは、他人が加える害や自己に生じる苦を忍ばないこと

37 無作法とは、師や指導者のされることに尊敬を払わないこと



38 難語(忠告を聞きいれないこと)は、法にかなったことばが

述べられてもそれを尊重しないこと

39 親覚(親しい人との結合を考えること)とは親しい人への愛着



40 土地への愛着とは、それを求めてその長所を述べ立てること

41 不死分別とは、死の恐怖をおそれないこと



42 随順を求める思いとは、功徳をそなえているふりをして

他の人びとがわれをなんとかして師とするように、と考えること

43 他人に貪着する思いとは、他の人々に愛着すること

44 憎しみの心をいだくことは損得を考えること



45 不快とは、落ち着くところのない心であり、

46 羨(うらやみ)とは(欲に)濁っている心です



47 疲倦(ひけん)とは努力がなくなった身体が怠惰である

  ための過失



48 改変とは、煩悩によって身体と色つやが変化すること

49 食を欲しないこと(食酔 じきすい)とは不節食によって

身体が安らかでないこと



50 心の卑弱とは、心がきわめて卑俗であること

51 貪欲(欲々)とは五欲(色声香味触の5つの感官の対象)を

貪り求めること



52 害心とは(過去・未来・現在)の三時にわたって、

自己と味方と敵方のいずれにもある無意味な疑念から

他人を害しようとする心であり9つの原因から生じます



身心が鈍重となり、そのために活動を離れているのが

53 夢であります。眠っているのが

54 睡眠であり、

55 軽薄(掉挙じょうこ)とは身心の浮つきであります



56 後悔とは、悪事をなして悔やむことであり

のちに身をさいなむことから生じます

57 (四)諦、(三)宝などにかんして猶予することが

疑いであります



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