今日のご飯にふさわしい行いをしたか
昨日のブログ(スマナサーラ長老VS斎藤環さんトークショー)に
書き忘れたのですが、
スマナサーラ長老の言葉で印象に残った言葉がありました。
サンガのお坊さんは、托鉢して信者さんから食事をもらうわけですが、
食べるときにこう自問するそうです。
「この食事を食べる値することを、今日なにか行ったか?」と。
これは、厳しい修行ですよね。
初期の仏教は「労働禁止」なので、一見グダグダしているようですが、
「行いにおいて、自分は食べる資格があるか」を問う、というのです。
(実際にグダグダしているお坊さんがいるかどうかは別として)
「外に出て道路を掃いた」とか、「ちょっと誰かの助けをした」とか
ささいなことでいいから、これを問うてみよ、と長老はおっしゃいます。
これって、「働かざるもの食うべからず」よりも、
ずっと広い知見ではないでしょうか。
私もふくめて、いちおう仕事をしていても、
「この食事に値することを何もしなかった」という日はあったりします。
ほとんど世界を悪くすることに貢献しただけだよ、
という仕事の1日だってあるんですもの。
労働していても、していなくても、
日々このことを自問してみたいと思いました。
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